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ファニキア家のメイド①

 その日、ルーシーはアリアドネを連れてとあるパーティー会場に来ていた。

 パーティーといってもクリスティアに付いて行く、何処かの貴族邸で開かれている社交に参加しているのではなく。

 ホテルのパーティー会場を貸し切って開かれているこの盛大な集まりは、年に何度か開かれる首都の女性使用人達のための催しであり、情報交換の場でもあった。


「お久し振りでございますコーリア様」

「あらあらまあまあ、ルーシーじゃないの。なんて珍しい子が来ているんでしょう」


 まずルーシーが近寄り挨拶をしたのは、会場奥の左端にある椅子にちょこんと座り、賑やかな会場の様子を楽しげに見つめている杖を付いた柔和そうな年配の女性であった。


 白髪の髪を頭上でお団子にし、スカートの裾に月桂樹の刺繍の入ったオフホワイトのローブモンタント。

 目尻の皺を深めて、深い緑の瞳でルーシーを見つめるコーリア・ベスロはこのパーティーの主催者であり、王妃の住まう宮で長年家政婦を務めたラビュリントス王国の女性使用人協会の重鎮である。


「本当にお久し振りね。あなたってば招待状を送ってもいつだって、クリスティー様の茶会の準備がありますのでとか、クリスティー様の衣装の引き取りがありますのでとかいって、この集まりには参加しないのだから。もう二度と姿を見ることは出来ないと諦めていたのよ」

「申し訳ございません。忙しかったのは事実でございます」


 ふふっと意地悪く笑うコーリアに、決まり悪そうに謝罪するルーシー。

 メイドになりたての頃、王宮へと足を運ぶクリスティアに付いていたルーシーに、メイドとしてのノウハウを色々と授けてくれたのはコーリアであった。


 その感謝を忘れたことはないが。

 ルーシーにとって、クリスティアの居ない場所は居心地が悪いというか……興味がないのだ。


 コーリアもそのことは十分に理解しているので、虐めるのはこれくらいにしてと。

 彼女が連れている若くて可愛らしいメイドへと視線を向ける。


「可愛らしい子を連れているのね。新しいメイドかしら?」

「はい、クリスティー様が直接お雇いになられましたメイドでございます。まだまだ至らぬ点が多いかと思いますが、目を掛けていただけますと幸いです」

「ア、アリアドネ・フォレストと申します。宜しくお願いいたします」

「コーリア・ベスロよ。今は引退をして誰かにお仕えしているというわけではないけれど。こういう場を主催しているの。年寄りの楽しみね。この集まりは首都の使用人達のために夏と冬に開催している催しだから、都合が良ければ是非参加をなさってね。ほら、ルーシーは厳しいでしょうから。息抜きが必要でしょう?」


 首都の社交シーズンは春と秋が盛んで夏と冬は比較的落ち着く。

 それを狙って、この会は主催されている。

 声には出さずに、うんうんと頷いたアリアドネにコーリアは笑みを深くし、余計なこと言うなとばかりにルーシーは彼女を睨みつけている。


「主人を崇拝し過ぎてはダメよと再三言っているのだけれど、救っていただいた恩があるからかしら。いつだって聞いているフリだけなのよ」

「クリスティー様にお仕えすることが、わたくしの人生でございますので」

「困った侍女だわ本当に。あなたはこんな子になってはダメよ?」

「はい!」


 揺るぎないルーシーのクリスティアへの忠誠心に呆れるコーリアに、なろうと思ってなれるものじゃないと、アリアドネは強く強く頷く。

 その素直な反応に、コーリアは好感を抱いたらしく。

 慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。


「良い子を雇ったみたいね。それでルーシー?そんなあなたが参加しているなんて、クリスティー様の命で誰かを探しているのかしら?」

「流石はコーリア様でございます。事情があり、ファニキア家の使用人を探しております」

「ファニキア家?あぁ、それならばあの子に話しを聞くといいわ」


 杖の先で軽く示して見せた場所には、そばかすの女性が二つに結んだ薄茶色の髪を揺らして辺りをキョロキョロと落ち尽きなく見回している。

 20歳になったくらいだろうか。

 誰が見てもこの場には不慣れであることが分かる。


「前回の集まりに初めて参加をしていた子だから、雇われて半年経ったくらいかしら。それなりのことは見聞きしているでしょうから、なにかあれば誰かに話したくてうずうずしているはずよ。ああいう子は自尊心が高いから、少し褒めてあげればすぐに喋りだすでしょうね」


 まだまだ新人メイド、話して良いことと悪いことの区別はつかないはず。

 そういう子が話しを聞くのに一番の狙い目だ。

 コーリアはそうやって、聞きたいことがある人と話したいことがある人を結びつけて情報の交換をさせている。


 それは一種の勉強だと、コーリアは思っている。

 同じ仲間だからと気を許してうっかり邸の内情を話してしまうことが、どれほど雇い主に迷惑をかけることになるのか。

 それが主の求める情報であれば褒められるであろうが、逆に秘匿すべき内容であれば……即刻、邸を追い出されることとなるだろう。

 責任は話してしまった本人にある。

 数多くの失敗から学び、立派なメイドとして育ってくれればいいと、柔和な見た目に反してスパルタ思考で、若者達を育てているのだ。


「感謝いたします、コーリア様」

「いいのよ。それよりもね、あなたにお会いしたいというとても素敵な王室の騎士の方がいらしていて……」

「早速、話しを聞きたいと思っておりますので失礼いたします」

「あっ、ちょっと、ルーシー!」


 コーリアの最近の趣味は仲人である。

 ターゲットにならぬように、逃げるように急ぎ去るルーシーに、慌てて付いて行くアリアドネ。


 クリスティアに心酔さえしなければ、ルーシーはその器量の良さから引く手数多だというのに。

 勿体ないと、赤毛を揺らす後ろ姿を見つめたコーリアは深い溜息を吐くのだった。

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