ペアシェイプカットのアメジスト③
「アスターとはね、学園に入る前からの知り合いだったの。ほら、ラン達って5歳くらいになると近い年頃の貴族の子達と会わせられてお友達を作らされるでしょう?アスターはその中の一人で。その頃はね、全然嫌いじゃなかったの。あの子、他の子達と違って頭が良いし察しも良いから……ランのお友達にしてもいいなって思ったくらい。昔っから、優しすぎるところは難点だったけど」
それは珍しいことであった。
フランシスの幼少の頃は今以上に暴君で、他者に対して配慮や遠慮はなく、自分より劣る人間は全て玩具として扱っていた。
遊んで壊れても関心はなく、取り替えればいい玩具。
だから5歳の誕生日の日、お友達にと並べられた子供達のあまりの幼稚さに驚愕し、絶望し、こんな中から玩具ではなく友達を選べなんて冗談じゃないと反発した。
だがフランシスの性格を心配していた母に、絶対に一人は友達を選べと念を押されていたので逃げることは出来ず。
辟易しながら玩具にもならない子供達と挨拶を交わす中で、フランシスはアスターを見付けたのだ。
彼女は権力に媚びようとする大人達の卑しさを恥、連れて来られた子供達の未熟さに呆れていた。
まるで一つ上のステージに立っているかのように、この瑣事を見下ろしている様。
だから目が合った瞬間、フランシスは自分と似た彼女のことが気に入って、にんまりと笑ったのだ。
実際、アスターは期待通りの人物であり。
その優しさでフランシスを上手に制御し、正しい感情を与えてくれた。
フランシスの暴君さを抑えたのはまさに、彼女であった。
友人というよりほぼ世話係のような関係ではあったが、いずれはユーリにとってのハリーのように、側近候補となることを期待されていた。
それくらい仲が良かったのだ。
あんなことが無ければ。
「でもね、学園に入学して暫く経ってからだったかな。アスターったら急に馬鹿なことをし始めたの」
「馬鹿なこと?」
「うん。幽霊が見えるとか、自分は呪われているだとか……そういうオカルチックで気違いのフリ」
ふうっとフランシスは溜息を吐く。
馬鹿にしているというより呆れている、そんな溜息だった。
「クリスティーお姉様。ランね、馬鹿な人って嫌いなの」
「えぇ、知っているわ」
「本物の馬鹿は良いのよ、それは純粋で可愛いから。馬鹿は馬鹿でも馬鹿なフリをしている人って本当に大嫌い。それが誰かのためにしていることなら余計に……だってそれが嘘だということは、いずれバレてしまうことでしょう?そうなったときには自分も相手も、惨めになるだけだわ」
永遠に馬鹿なフリなんて出来ない、いずれ嘘はバレてしまうもの。
そうなったときには、自分も相手も傷つくだけ。
馬鹿な嘘など、誰のためにもならない。
「アスター嬢は誰かの為に、馬鹿なフリをしているということかしら?」
「そ。あの無能なお兄様のために。自分が馬鹿になれば……跡継ぎの脅威になることはないでしょう?」
そういうとフランシスは、後悔を滲ませた横顔で庭園を見下ろす。
「ランがね、悪かったのかなって思っているところもあるの」
「まぁ、どうして?」
「だって……アスターにそんなつもりはなかったのに、ランの友達でいればアスターのお父様もお母様も喜んでくれるはずだから、跡を継げるはずだって言っちゃったの。だって実際にアスターのほうが優秀だったし、他の子達もアスターが跡継ぎになるって噂をしていたから。ランだって……ユーリお兄様が馬鹿だったら王位継承権を奪ってたわ。でもねアスターにそんなつもりはなかったの。自分より劣っていたとしても、優しいアスターはお兄様を跡継ぎにしてあげたかったの」
一族で一番、優秀な者が跡を継ぐ。
そうあるべきだと、フランシスは思っていた。
だが、アスターは違ったのだ。
フランシスのその言葉を聞いた後から、アスターはあんな気違いのフリを始めたのだから。
自分が兄の脅威にならないようにと。




