宝石眼②
「そしてこの3粒は残念ながらそれほど良いお品物ではございません。一般的に売られているものよりかは良いお品物にはなるのですが……クリスティー様がお持ちになるには劣るお品物かと思います」
精々、中層の男爵家もしくは裕福な商人が無理なく持つのに相応しい宝石がこの3粒。
公爵家のご令嬢という家格に見合うものではない。
アリッサはハッキリと、そう告げる。
「この3粒以外でしたら、お持ちするのには相応しいお品物かと思います。購入する数に制限を設けていらっしゃられないのでしたら、指輪やネックレスなどそれぞれ用途別にご購入されるのも宜しいかと思います。どちらかのパーティーでお召しの宝石をお探しなのですか?」
「あら、違いますわアリッサさん。こちらの宝石は全て、お預かりしたお品物ですので。わたくしが買うためのものではございませんわ」
「お預かりした?」
てっきり公爵家へと宝石を売り込みにきた胡散臭い宝石商が持ってきた品物が、本当に口上通りの品物なのかの鑑定依頼のために呼ばれたのだとアリッサは思っていたのだが。
高級な宝石の混ざる宝石達。
一体どのような理由があってそれを他人へと預けたのか。
不思議そうに小首を傾げたアリッサはその疑問を問うようにクリスティアを見る。
クリスティアはクリスティアで、てっきり経緯を説明してると思っていたのでシャロンを不思議そうに見ている。
何処か焦ったように、クリスティアに向かって頭を左右に振るシャロン。
その左右に振られる頭の意味がよく分からずに、話をしていないのならばとこの宝石を預かった経緯を説明するために、クリスティアはアリッサへと視線を移す。
「えぇ、ファニキア家のご令嬢であるアスター嬢よりお預かりしたのです。この宝石の一つに呪いをかけたので、わたくしにそれを見付けて欲しいとのご依頼を受けたのです」
「アスターの?」
思いがけない名に驚くいたように瞼を見開いたアリッサがシャロンへと視線を向ける。
責めているわけではないが、戸惑ったようなその視線を受けて、シャロンは申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「ごめんねアリッサ。ファニキア家の宝石だってなんだか言い辛くて……」
「いいえ、それは別にいいのだけれど……」
「アリッサさんはアスター嬢とお知り合いなのですか?」
「えぇ……あの、私……あの子の兄であるエネス・ファニキアの婚約者ですから……」
困惑気味にそう告げるアリッサの隣で、シャロンはガックリと肩を落とす。
黙っていたことが申し訳ないのだろう。
何故黙っていたのか分からないが、アリッサは気にしていないと言うように頭を左右に振る。
「まぁ、そうなのですね。申し訳ございません、わたくし存じ上げなくて」
「いいえ、婚約したのはほんの半年ほど前で……婚約式も身内だけのものでしたから」
「不当な婚約よ!ファニキア家はアリッサの宝石眼に目を付けて、その能力を独占するためにあの無能な男と婚約させたの!ファニキア家の節穴!宝石鑑定の出来ない宝石商!婚約なんて破棄しちゃえばいいのよ!」
「そんな風に言わないでシャロン。ファニキア家は下働きの子である私に十分良くしてくださっているわ。エネスも、エネス様も今は色々なことで目が曇っているだけで……私はファニキア家で働かせてもらっているだけで幸せよ」
「輝く宝石の価値も分からない男なのに。もうほんと、優しすぎるのよ……そんなに宝石鑑定の仕事がしたいなら、あたしが好きなだけやらせてあげるのに……ファニキア家に関わるからやっかみだって受けるのよ。その腕の怪我だってそうじゃない」
シャロンの怒ったような声音にアリッサは苦笑いをして、心配もあり黙っていたのかと手首の巻かれた包帯に触れる。
挨拶をしたときにも気になった包帯に、クリスティアも視線を向ける。
「その怪我はファニキア家が原因で負ったのですか?」
「いえ、あの……これはちょっとした不注意で……」
「強引な手を使ってファニキア家が宝石鉱山を手に入れようとしたから、怒った鉱山主の貴族が人を雇ってアリッサを襲ったの!しかもそういった嫌がらせが、婚約をしてから酷くなったんだから!」
アリッサは隠そうとするがシャロンが勇んで話し始める。
アリッサを襲った鉱山主の貴族は、爵位を持つファニキア家を襲うのはなにかと不都合であることを理解していた。
だからただの平民だが、ファニキア家にとって価値のある宝石眼を持つアリッサを狙ったのだと。
卑怯で卑劣。
暴漢達に襲われかけていた場にシャロンがたまたま居合わせなければ、アリッサはきっと酷い目に遭っていたことだろう。
シャロンが暴漢達をボッコボコに返り討ちにした結果、二人は親しくなったのだ。
「それは……随分と怖い思いをなされたのではないのですか?」
「たまたま居合わせたシャロンがすぐに助けてくれましたから……本当に、怪我も大したことはないんです。それよりもアスターの言う呪いとはなんのことなのでしょう?あの子、クリスティー様になにか失礼なことをしているのではありませんか?」
怪我のことに触れられて気まずいのか、アリッサは包帯が見えないように精一杯、袖を伸ばすようにして隠すと話しを戻す。
「失礼だなんて全く。折角ですのでアリッサさんにお聞きしたいのですが、アスター嬢は瞳に魔眼をお宿しになられているそうなのです。そのお力で宝石に呪いをかけ、それをわたくしに見付けだして欲しいと依頼をしてきたのですが……彼女は元々そういった特別な能力をお持ちでしたのでしょうか?」
「眼帯?いいえ、到って普通の子ですわ。眼帯をしているという話しも今、初めてお聞ききしましたし。邸でも少し変わった言動をしておりますが、言動ばかりでそういった能力的なものを見たことはございません」
何度説明されてもさっぱり意味が分からないという顔をするシャロン。
まさか学園にそのような物を身に付けて行っているだなんて。
卒業してしまえば知ることのできない学園でのアスターの言動を知り、アリッサは困ったように眉尻を下げる。




