初等部の厨二病
「アスター・ファニキア嬢をご存じエル?」
ランポール邸の広い図書室。
アスターから預かった宝石達がどういった意味を持つ物なのか調べるために図書室へと来たはいいものの、種類も等級もカットの方法もバラバラであり、そのどれもに様々な意味が込められているとなればどの本も参考になるようでならず。
公爵家の令嬢としては特に珍しい物でもない宝石達を困ったように指で転がしながら、クリスティアは何の気なしに、課題用の資料を取りに来ていた義弟であるエル・ランポールにその名を聞くと、彼は少しだけ眉間に皺を寄せた嫌そうな顔をする。
「初等部では有名な子でしたよ。良い意味ではなく悪い意味で、でしたけれど」
「そうなの?」
「自分は幽霊が見えるだとか、未来を予言する能力者を知っているだとか、そういったことを吹聴するオカルティックな子で……何度か廊下で見かけたことがありますが、大体いつも一人でいましたよ」
宝石から顔を上げたクリスティアの視線を受けてエルは頷く。
3学年ある初等部でアスターより学年が上だったエルの元にまで、その奇行が耳に入ってくるほどに彼女は有名な令嬢であった。
そうそれは腫れ物を扱うかのように、皆が彼女を避けていた。
「ファニキア令嬢がどうかしたんですか?」
「実は、ご依頼を受けて……彼女が魔眼で呪ったという宝石をこの中から見つけ出すことになったの」
「魔眼?魔眼ってなんですか?」
「アスター嬢がリュカオン様から授かった特別な力だそうよ。その瞳を見たら呪われてしまうそうなの」
不可思議な事象をはしゃぐように、嬉しげに語るクリスティアの指先で転がる宝石達を見て、本当になにを言っているのだと呆れた様子のエル。
というかそんな物騒な物を義姉さんに持たせるなんて……どんな理由があるにせよ許されることではないと、エルの中でファニキア家の評価が地に落ちると同時に、クリスティアの指に触れている宝石を取り上げると、元あった小袋の中へと乱暴に入れる。
呪いだなんだと信じているわけではないが、義姉が触れる物としては気分がいいものではない。
「まともに相手をするだけ疲れるだけですよ義姉さん。彼女は初等部一の嘘吐きですから」
「まぁ、そうなのね……でも眼帯をするくらいに本気でわたくしに挑んできているのだから、わたくしもその気持ちに応えてさしあげたいの。頑張っている子って可愛らしいでしょう?」
「眼帯?そんなものをしていたんですか?僕が見かけたときにはそんなものはしていませんでしたけれど……ていうか優しすぎますよ義姉さんは」
「なら最近、魔眼を授かったのかしら?」
初等部と中等部は学園内の棟が別棟になるのでクリスティアがアスターの奇行を直接目にすることは無かったのだろうが。
直接見てきたエルとしてはそんな人物が一体なんの目的でクリスティアに近寄ってきたのか怪しむと同時に、彼が知る限りではオカルチックなことを言って人を怖がらせるだけだったというのに……。
とうとうその虚言が容姿にまで浸食したのかと憐れに思う。
「気になるなら調べてみましょうか?眼帯をし始めた時期なら初等部の知り合いに聞けば分かると思いますよ」
「そうね……なんでも知っていて損はないから、お願いできるかしら?」
「分かりました」
眼帯の着用時期はさして気になることではなかったのだが。
エルに下級生の友人がいることが嬉しくてお願いをするクリスティアに、頼み事をされて嬉しげに微笑み頷くと、見付けた資料を持って浮かれながら去って行くエル。
そんな姉弟の会話を邪魔せぬようにと本棚と本棚の間で待っていたアリアドネは、会話が終わったのを見計らって顔を覗かせる。
「呪われた宝石のことなんだけど、そういったオカルト本なら何冊か見付けといたよクリスティー。こういうのって前世でもあったよね、ホープダイヤっていうんだっけ?身に付けると呪われるってやつ。あのアスターって子の魔眼とかも、こういったオカルト本を参考にして考えたんじゃないかな。それにしても調べれば調べるほど厨二病な子で……将来が心配になるんだけどっこいしょ」
両手に抱えた数冊の本を机の上に置いたアリアドネは重かったのだろうが、可愛いらしい見た目からは反する残念すぎる掛け声をあげる。
意外とこういった世界にもオカルト本は多く存在するらしく。
ネス湖のネッシーのようにトスリニ湖のトッスーだとか、色々な怪物の目撃談とか呪物を纏めた本を図書室の奥の奥で見つけたときは、何処の世界にもそんな不思議な存在や物がいるんだなとアリアドネはちょっと笑ってしまった。
というかこんなチープな本が公爵家の図書室にあることのほうが不可思議だ。
「そうかしら……彼女は虚言を言うほど愚かな子ではないように思うのだけれど。そういえばあなたがしきりに言う厨二病とはなんのことなの?」
死を呼ぶダイヤ、呪われた真珠etc……おどろおどろしいタイトルの並ぶ本の背表紙を撫でて小首を傾げるクリスティアに、アリアドネは過去の傷が疼くとばかりに腕を押さえると膝を付く。
「こ、子供特有の受け入れられない現実を空想で補おうとする能力っていうか、自分は他の人達とは違う特別な存在なんだって思い込もうとする現実逃避っていうかっ!この記憶こそが呪いよ!忌まわしき呪いになるの!」
転生しても苦しめられるなんて思いもしなかった!
なんて深い業なのか厨二病!
それは前世で犯した罪であるかのように、若気の至りを思い出したアリアドネは頭を抱えて悶える。
「私みたいにならないためにも、あの子を早急に目覚めさせないと!」
「あらでも、アスター嬢がわたくしの元へと勇んで会いにきた姿は、あなたとの最初の出会いを思い出させると思わない?お二人は少し似ているのかもしれないわね。アリアドネさんはアスター嬢がどうしてあのようなことをなさっているのか、そのお気持ちがお分かりになられない?」
「強いていうなら特別になりたとか?ほら、特別な人に認めてもらえたら妄想が現実になる後押しになるっていうか。やっぱり自分は特別なんだって他の人達にも示せるし……ていうか私、あんな厨二病の感じでクリスティーに会いに行ってないし!あぁぁぁ!厨二病の頃の気持ちなんて思い出したくないのに!体の中が痒い!痒いのに掻けなくて辛いぃ!」
アリアドネを責め苛む記憶、厨二病。
結局それがどれほど恐ろしい病であるのか、クリスティアにはいまいち理解はできなかったが。
のたうち回りそうなほどに苦悩するアリアドネの様子に、これ以上は触れないでおいてあげようと、その苦しみを慮るのだった。




