呪われた宝石⑤
「……分かりました。ですが、これらは私の大切なコレクションでもありますので、なるべく早めにお返しいただければと」
「えぇ、承知致しました」
選択肢なく、頷くしかないエネスは渋々だが了承する。
それにアスターが安堵した吐息を小さく吐く。
「ではファニキア家にはわたくしからご連絡をさせていただきます。ご子息のコレクションがとても気に入りましたので、近く殿下と共に出席いたしますパーティーでの参考にさせていただきますと。そうだわ、王家に献上なされた月桂樹と雫のティアラをデザインされたのはご子息だとお伺いいたしました。是非わたくしのアクセサリーのデザインもお願いしたいのですが……考えておいてくださいますか?」
「そう、ですか?宝石を気に入ってくださったことには感謝いたしますが……ですがデザインはデザイナーの仕事ですから。腕の良い者を紹介いたしましょう」
「まぁ、そうですか。残念ですが期待しておりますファニキア令息。では、わたくし達はまだお話しがございますので」
「騒がせしてしまって申し訳ございません。迷惑をかけるなよアスター」
自身が持つ宝石を褒められたことは嬉しいようで、笑みを堪えるように噛み締めたような複雑そうな表情を浮かべるエネス。
公爵家のご令嬢に宝石を選ばれたことは大変に光栄なことに変わりは無いので、エネスは自分の宝石が盗まれたことはすっかり忘れたかのように、アスターを一度睨みつけたものの機嫌良く去っていく。
実に単純で有難い。
「ご両親宛のわたくしからの手紙は、あなたが持って帰ってねアスター嬢」
「は、はい。クリスティー公女」
手紙があれば、アスターが自宅に帰ってもエネスに必要以上に責められることはないだろう。
完璧な盾となる手紙を授けられたことの意味を汲み取ったアスターは頷き、尊敬の眼差しをクリスティアへと向ければ、そこへ騒がしい駆け足の音が響く。
今日のテラスは随分と賑やかだ。
「クリスティー姉様ぁぁ!」
場の空気を打ち破るように響いた声と共に、クリスティアへと飛びついてきた小さな固まり。
ウエーブのかかった銀色に輝くロングヘアを靡かせて、キラキラと輝く丸い青い瞳でクリスティアを見上げた少女は嬉しげに、満面の笑みを浮かべている。
触れると壊れてしまいそうな弱々しさのある白く透明な肌の細い腕からは想像が出来ないほどに、クリスティアに抱きついてきた腕の力は強い。
「食堂で会えるだなんて、なんてラッキーなのかしら!って!なんでアスターが一緒に座ってるの!?」
「まぁ、可愛らしいお口から随分と悪い言葉が漏れているわフランシス皇女」
「ひゃってぇぇ!」
囀りすぎるカナリアのように、喧しい声を上げるその柔らかい頬をむにっと掴んでお仕置きをするクリスティア。
アヒル口になった唇をぱくぱくさせらなが眉尻を下げた彼女はユーリの妹で、皇族一番のお転婆娘フランシス・クイン。
クリスティアを姉様姉様と慕っている少女である。
「フランシス皇女とアスター嬢はお知り合いなの?」
「知り合いじゃないです!それより宝石の件、お願いします!」
フランシスの視線から逃げるように、立ち上がったアスターは慌てて去って行く。
まだ宝石についての話しをしたかったのだけれど……その不自然さにクリスティアは頭を傾げる。
「仲がお悪いの?」
「悪いってわけじゃないけど……ラン、あの子のこと嫌いになったの」
クリスティアに抱きついたままアスターのことを視線で追い、拗ねたようにぶすっと下唇を尖らせるフランシス。
随分と珍しいことだ。
フランシスは基本、誰にでも優しく分け隔て無く接する優しい子を演じている。
そうやって演じた中で集まってきた者達をふるいに掛けて、自分に必要のないと判断した者を切り離し叩き落とすのが趣味だからだ。
弱々しく可愛らしい見た目に騙された者ほど、残酷に意地悪く切り離されたときのショックは大きく。
その反応を嘲笑い楽しむ悪趣味さを持つのがフランシスという少女。
アスターとフランシスは同じ歳なので学園で会ったことはあるだろう。
幼い頃にフランシスの友人候補として出会っていれば、更に昔から知っていてもおかしくない。
フランシスの様子から、嫌いと口では言いながらもそうでないことは察することが出来る。
嫌いであれば徹底的にその存在を無視するからだ。
喧嘩でもしてしまったのかしらと少し、心配するクリスティアの心情を知らず、フランシスはその視線を机に広げられた宝石へと興味深げに向ける。
「石遊びでもしてるのクリスティー姉様?」
「石遊び?」
「うん、石をぶつけて割れなかったほうが勝ちっていう遊び。こんな弱い宝石より庭園の石の方が強いのよ。ランが良い石を見付けてあげるから、今度一緒にぶつけて遊びましょう」
なんて贅沢な遊びをしているのだろうか。
教育係が聞いたら発狂しそうな遊びだ。
ニッコリと屈託なく笑うフランシスに、クリスティアの心配していた気持ちはすっかりこの胸から消え去り。
そんな遊びはしてはいけませんと、お仕置きとばかりにその柔らかい頬を再度、掴むのだった。




