呪われた宝石③
「呪いは触れただけでかかるようなものではございませんわ雨竜様。わたくしも昔、呪いというものに興味を持ち、文献などで調べたことがございますが……大体にして呪いというものには呪文というものが必要であると記しておりました。だから魔眼でかけられた呪いも触れただけで簡単にかかるようなものではないと思うのです。そうでしょうアスター嬢?」
「そ、そうです!そうなんです!あたしが呪いの呪文を口にしないと!呪いは発動しません!」
何度も頷くアスターに雨竜は不満そうに顔を顰める。
クリスティアのフォローがなければ言い訳も思いつかずに言い淀んでいたことだろう。
一体なにをさせたいのか知らないが、本当に危険なことではないのか、アスターの胡散臭さに更に追い詰めようとする雨竜の腕を、クリスティアが止めるように優しく触れる。
問題ないというように浮かべられる微笑み。
その眼差しと掌の温もりに頬を朱色に染めた雨竜は、ぐっと息を詰め唇を閉ざす。
「それは良かったですわ。ではもし、わたくしがこの中から呪われた宝石を見つけ出せなかったとしたら……なにかペナルティはあるのでしょうか?」
「えっ……で、でもクリスティー公女はどんな難解な事件でも解決するって聞いて……」
「わたくしとて完璧ではございません。解決できなかった事件の一つや二つ……あったような。それに今回は事件ではなく試練なわけですし」
事件が起きれば何処からともなく現れる厄介者。
無遠慮に人の心を引っかき回す赤い悪魔。
だが解決出来なかった事件は一つとしてない。
そんな話を聞いたから……アスターは彼女を選んだというのに。
解決出来ないかもしれないなんて考えてもいなかったような様子で、オロオロとアスターは動揺する。
アリアドネが知る限り、クリスティアが解決出来なかった事件は一つとしてなかったと思うのだが……。
そんな事件あったのかとアリアドネがルーシーを見るが、ルーシーはそんな事件は一つもないというように頭を左右に小さく振る。
虐めているのだ。
この下級生を虐めて楽しんでいるのだ。
今、クリスティアの頭上に角とお尻に尻尾の幻影を見たアリアドネはアスターに同情する。
「……ます」
「はい?」
「死にます!もし呪われた宝石を見付けなければクリスティー公女は死んでしまうんです!地獄の業火に焼かれるような凄く悲惨な死に方です!」
思わぬ方向へと飛んできたペナルティに、なんと無礼なことか!と雨竜が怒ろうとするが、その前にアスターの目の前の机をアリアドネがバンッ!と叩く。
「人の生き死にをあなたが決められるの?」
「そ、それはあたしじゃなくて、リュカオン様が……」
「あなたの口から出て来た言葉の責任は、他の誰でもなくあなたが取らなければならないの。その言葉に責任は取れるの?」
「……あの……ご、ごめんなさい。死には、しないです」
怒り、凄むアリアドネに気圧されて、アスターはゴクリと唾を飲み込み素直に謝る。
神様なんていう存在を今、誰もこの場で信じている者などいない。
ならばその言葉の責任はアスター自身が背負わなければならないもの。
背負えないのならば、誰かの死を呪う言葉など気軽に口にするべきではない。
しかも、それが地獄の業火だなんて!
アリアドネは喉を焼くような熱さが体の奥から迫り上がってくるのを感じる。
そうだ。
私は背負わなければならなかったのだ。
彼女の死を願っていた私は。
煙に包まれ、炎が舞い踊り、多くの罪を重ねても悪びれもせず、自らを追い詰めた者達を見て楽しそうに嬉しそうに笑む彼女の死を。
そしてそんな彼女を追い詰めたあの人は……一人でその罪を背負って。
『探偵には素晴らしい贈り物を……』
高く可憐な声で彼女がそう言って笑う。
いや、違う!
違う!違う!
これはあの男が私を殺すときに言っていた言葉だ!
『探偵には素晴らしい贈り物を』
低く悲しみが込められた声で彼が言う。
記憶が混同する。
炎が舞い上がる。
どこかのエンディングルートで見ていただけのはずの光景が熱を感じるほどにリアルに迫り、怒りが込み上げてくる。
中途半端な覚悟で死を口にするなんて、苦しんで死んでいった者達への冒涜だ!
私は!
私は死にたくなかったのに!
込み上げてきた憤りが一体なんなのか分からずに、アスターへとぶつけるように詰め寄ったアリアドネの気迫に皆、しんっと静まる。
「アリアドネさんがそれほどまでに、わたくしのことを想ってくださるなんて……嬉しいですわ」
「そ、そんなんじゃないわよ!ただ冗談でも言葉にしていいこと悪いことがあるっていうか!」
静まり返った気まずい場の雰囲気だったが、クリスティアが感動したようキラキラとした輝く瞳でアリアドネを見つめる。
最初の頃はクリスティアのことをあんなに恐れ、逃げていたというのに……。
クリスティアの死を怒るほどに友情が育まれていることに嬉しげな彼女だが、友情というよりメイドとしての躾の結果として育まれた義務感なのか。
どちらにせよアリアドネ本人にそんなつもりはなく。
クリスティアの輝く眼差しが指で突っつくかのように横顔に突き刺さるのが恥ずかしくなって、理由も分からずに湧き上がっていた憤りが一気に鎮火すると、アリアドネはルーシーの隣へと引っ込む。
隣のルーシーはクリスティアに褒められたアリアドネを羨ましそうに、というか恨めしそうに見てる。
こっちはこっちで別の意味での視線が痛い。
ナイフの如き鋭さで突き刺してくる。




