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魔眼の少女③

「授業の終わりに職員室に呼ばれていたようでしたが、問題はなかったですか?」

「えぇ、新しい教科書の準備が出来たので放課後に取りに来るようにとのことでした。私としてはそのままクリスティー様に見せてもらう形でもよかったのですが」

「まぁ、雨竜様ったら」


 手紙を安堵したように撫でるクリスティアを見て、雨竜も手紙を渡すことが出来てよかったと笑みを浮かべる。

 そんな二人のやり取りを見ていたアリアドネはわくわくとした胸が高鳴るような気持ちを湧き上がらせる。


 クリスティアが雨竜を攻略している。

 新しい攻略者ルートだ!


 二人の間に流れる穏やかな雰囲気からして王国滅亡なんてエンディングはないのだろう。

 自分がヒロインであることはすっかり忘れてプレイヤー目線で事の成り行きを見守るアリアドネ。

 そんな和やかなテラス席へとカチカチカチと軽快な音が近寄ってくることにルーシーが気付き、クリスティアへと視線を向ける。

 視線を受け、耳を澄ませれば足音ではない音。

 まるで子ウサギが跳ねているかのように軽やかに鳴る音。


 事件を伝えたくて逸っているかのようなそんな音に、クリスティアが期待を込めた眼差しを向ければ、こちらへと向かってきている13歳くらいの少女を視界に捉える。

 初等部の子であることは青色のボウタイの色で判別が出来る。


 肩までの明るい茶色の髪に左右に角らしきモノが生えたヘッドドレス。

 少し吊り目の琥珀色の瞳は右側に怪我でもしているのか、黒地に白百合の刺繍がされた眼帯で覆い隠されている。

 斜めがけされた黒く丸い革製のショルダーバックには羽ばたく青色の蝶や、それを捕らえようとしているかのように巣を張る赤色の蜘蛛、緑色の鹿の頭部に向かって黄色のオオカミが牙を向けているような、物語を描いているかのようにブローチが飾り立てられている。


 どうやら揺れるそれらがカチカチと音を鳴らしているらしく、迷うことなく近寄ってきた少女はクリスティアの横でピタリと止まる。


「初めましてクリスティア・ランポール公爵令嬢!あたしの名はアスター・ファニキア男爵令嬢です!」


 さも自分のことは知っているだろうと言わんばかりに。

 腰に両手を当ててふんぞり返る不遜な態度。


 自分がいない間に王国でのマナーが変わってしまったのか。

 いや、そんな話しは聞いていないので、学園に居るからといっても見過ごすことの出来ないその無礼な態度を雨竜が注意しようとするが。

 彼が唇を開く前に少女は注目せよと言わんばかりに、眼帯に覆われた右目を目一杯広げた手で撫でて、告げる。


「あたしのこの魔眼であなたのその力、試して差し上げます!」

「いやぁぁぁぁぁ!」


 意味が分からずに眉間に皺を寄せた雨竜。

 なにか意味のある言葉なのかと戸惑い気味にクリスティアを見るが、彼女も不可思議そうに小首を傾げている。


 だがただ一人だけ。


 この少女がなにを言っているのか理解したわけではないが、色々とその心情を推し量ったアリアドネだけは悲鳴を上げると椅子を転がせるほどの勢いで立ち上がり、少女へと近寄るとその肩をがっしりと掴む。


「まだ遅くない!まだ傷は浅いわ!」

「な、なんですかあなた!あたしは公爵令嬢と話しを!」

「若気の至りかもしれないけど絶対!絶っっ対に後悔する日が来るわ!あと十年したら夜中にベッドの中で思い出して悶絶する記憶になるのよ!いい?魔眼なんで存在しない!あなたの目は普通!厨二病なんて起こしてない!私は腕にマジックで紋様なんて書いてないわ!忘れなさい小林文代!」

「あわわわわっ!」


 自身の嫌な記憶を振り払うかのように、ガクガクと少女を揺さぶり捲し立てるアリアドネ。

 アリアドネの前世である小林文代は若気の至りでこの少女が今、犯されているのであろう同じ病に罹っていたことがあるのだ。


 酷い時代だった。

 文代の暗黒期である。


 フラッシュバックする転生しても忘れることの出来ない負の記憶に苛まれ、この記憶を今すぐにでも消し去りたい気持ちが高まり、必然と少女の肩を揺さぶる手に力が入る。


「アリアドネさん、落ち着いて。彼女が倒れてしまうわ」


 ヘッドバンギングするかのように激しく上下に揺れる頭。

 その激しさに眼帯で隠れていない目が回っている。


 このままではその可愛らしい頭が取れてしまうと困ったように止めるクリスティアの声に、ハッと心を苛む闇の記憶から正気に戻ったアリアドネはその肩から手を離す。


「つい、放っておけなくて……ごめんね。でもね、本当に後悔するわ。その眼帯、外そ?大丈夫、怖くないよーー目に出来るのはものもらいだけだよーー」

「ひゃに、ひってるんれすか」


 グルグル回っていた目を何度も瞬きをして正面へと戻すと、少女は眼帯を外そうと伸びてくるアリアドネの手を払い除ける。


「魔眼は本当にあります!あたしの目が証拠です!この目を見たら皆、呪われるんですからね!」


 眼帯を両手で押さえて子猫のように毛を逆立てて威嚇する。

 その姿にアリアドネは両手を唇に当ててショックを受けたように瞳を潤ませる。


 手遅れなのだ。

 もう深刻なほどに犯されているのだ。

 厨二病という病に……。

 なにを言っているんだと少女へと向けられる雨竜の冷たい眼差しが、アリアドネの胸にも突き刺さる。


 止めて、そんな目で見ないであげて。

 これは一時の気の迷いなのだから、暖かく接してあげて。

 自分にも覚えがある、若気の至りに向けられる冷めた眼差しに当事者ではなくアリアドネが恥ずかしい気持ちを抱え、胸が痛くなる。


「そうね、魔眼は存在するのでしょう」

「え?」

「えぇ?」

「えっ?」


 だがここでクリスティアだけが、少女の言うことを否定するのではなく肯定する。

 てっきり適当にあしらうかと思っていたというのに……。

 驚く雨竜とアリアドネそして、何故だか少女も驚いた声を上げる。


「彼女が言うのだもの、わたくしは信じますわ。さぁ、お話しをお聞きしましょう」


 クリスティアがどういった人物であるのか、このラビュリントス王国に住む者であるのならば知らないわけではあるまい。

 ならばこの少女は一体その目でなにを見て、なにを伝えようとしているのか。


 例えそれがどんな人物であれ拒むことはないクリスティアの、事件を期待する緋色の眼差しに見つめられて、少女は一瞬たじろぐように一歩足を下げかける。

 だがすぐに気を取り直したように頭を左右に振ると、いざっと気合いを込めるように胸を張り少女は、アスターは緋色の悪魔と対峙をするためにその足を一歩踏み出した。

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