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魔眼の少女②

 当事者であるユーリと誤解を解くための話し合いをしたかったが、下手に接触すれば事実無根の噂が鯨大ほどの尾ひれが付いて王国の大海原を泳いでしまうので一人で耐えるしかなく。(後日、どうしてパートナーになってくれたのか聞いたらユーリも騙されたらしい)


 娘が家出をし、なんだかいつもより静まり返っているランポール邸に息苦しさを感じる日々で幸いだったのは、クリスティアの両親がなんとなく事情を察してフォレスト家を追い出さなかったこと、そして脳天気な両親には不名誉な噂が届かなかったことであった。(届いていたら即退職して貧乏生活に逆戻りだったはず)


 いつまで経っても戻ってくる気配のないクリスティアに激化していく嫌がらせ。

 恋愛ゲームからバトルゲームへとチェンジするのではないかという日々を乗り越えて、漸くユーリと共に戻ってきたクリスティアに、アリアドネはどれほど歓喜したことか。(とはいえ彼女が冤罪を仕掛けた本人だが)

 あと少し、クリスティアが戻ってくるのが遅ければ闇落ちしたヒロインが爆誕して学園を牛耳っていたことだろう。


 なによりも辛かった、クリスティアを敬愛する友人達から送られる冷たい視線で針のむしろだった日々を思い出したアリアドネは生まれたての子鹿のように、ぶるぶると小刻みに震える。


「震えているわアリアドネさん」

「に、二度と私を置いて家出なんてしないでよねクリスティー!」


 本当に酷い目にあったのだ。

 誰一人として味方のいなかった日々。

 親に知られて泣くに泣かれるかもしれないと戦々恐々とした日々。

 二度と味わいたくない。


 クリスティアの白く細い手を握り締め切願するアリアドネに、彼女は肯定も否定もしない。


「まぁでもあなた、随分と逞しくやり返していたとルーシーから聞いたのだけど」

「やり返さないとやってらんなかったんだもん!」

「それにご迷惑をお掛けした分の特別手当は奮発いたしましたでしょう?」

「そうだけどっ!」


 貰ったお手当を見て思わずにんまりしてしまったけれども!

 でもそれだって多大な借金返済に充てられて、アリアドネの手元には一円も残っていない。


 対価が支払われればまた同じ事が起きるのではないかという疑心。

 家出をするにしてもせめて、アリアドネを人身御供にしないで欲しいと願わずにはいられない。


「絶対、ぜっっったい!置いていかないでよね!私はあなたのメイドなんだから!」

「まぁ」


 というか次は絶対に付いていく。

 縋り付いてでも付いていく。


 メイドとしての矜持ではなく残された後で待ち受ける多大なる試練に遭わないために、クリスティアの側を離れるつもりはないと宣言するアリアドネに、まるで愛の言葉を囁かれたかのように、クリスティアは両頬に手を当てて照れてみせる。


 そうじゃない、そうじゃないんだと訴えるアリアドネの恨みがましい眼差し。

 そんな眼差しを受けて、クリスティアはからかうのを止めてニッコリと笑む。


「ところで何故、雨竜様の幼名をご存じなのかしら?それもゲームに出てくるの?」

「うん、そう。天馬様……てか雨竜様って呼んだほうがいいんだよね?雨竜様は今回と同じように留学って形でラビュリントス王国に来るんだけど実際の目的は復讐で。幼少期に王国で虐げられた恨みを晴らすために戻って来るの。雨竜様ルートは恨みを晴らせずに処刑のエンディングか、もしくは王国を一緒に滅亡させるっていうエンディングで、最早どっちもバッドエンディングだったわ」


 王国のあっちこっちで火の手が上がり、そんな国を見下ろしながら雨竜とアリアドネが手を取り合う。

 給料全振りし、なんとか雨竜の攻略対象ルートを手に入れたアリアドネの前世の小林文代はその救いのない結末に、なんでだよっと画面に向かって叫んだことを思い出す。

 鬱展開に給料を返してくれっと。


「なにがバッドエンディングなんですか?」


 ていうか復讐しに戻ってきたとかじゃないよね?


 フッと不安になったアリアドネがどうして雨竜が王国へと来たのかクリスティアに聞こうとすれば、突然掛けられた声。

 驚いて肩を跳ねさせたアリアドネが声のした方へと視線を向ければ、噂をしていた雨竜が不思議そうな表情を浮かべて立っている。


「とある物語のお話しをしていたのです。あまり良い結末ではなかったようなので、幸せな物語を見たいですねっと」

「そうなのですね」


 まさか王国を滅亡させるという記憶にもない自分の話をされているとは思いもしないだろう。

 雨竜は渋い顔をして話をしていたアリアドネの表情を見て、余程嫌な物語だったのかと察すると内容は問わず、クリスティアとアリアドネの間の席を示す。


「ご一緒してもよろしいですか?」

「勿論です。お座りになられて」


 許可を得て、座った雨竜は胸ポケットから一枚の封筒を取り出すとクリスティアへと差し出す。


「実は紅龍妃から手紙を預かっております。直接お渡しするようにと強く言われておりますのでどうぞ」

「まぁ、夕顔から?」


 嬉しそうに手紙を受け取ったクリスティアは早速封筒を開く。

 中には夕顔の懐かしい達筆な文字で、自分は元気でいる旨や子育ての大変さを日々味わっているという少しの愚痴が書かれている。


 王国の店は新しく従業員を雇ったから、いつでも買いに来るようにという営業も忘れておらず……字を見るだけで元気にしている様を想像できることにクリスティアは笑みを溢す。


「ありがとうございます雨竜様。夕顔が元気そうで安心いたしました」

「毎日の子育てで、てんやわんやしていますよ」

「そうなのですね。お返事と一緒に子供の玩具でもお送りいたしましょう」

「兄に留学の進捗を定期報告いたしますので、よろしければご一緒にお送りいたしましょう」

「まぁ、感謝いたします雨竜様」


 最後に見た夕顔は泣きはらした顔をして……気丈に振る舞っていた。

 そんな姿はすっかり文面からは窺えないことに、心に負った事件の傷を乗り越えつつあるのだろうとクリスティアは手紙を撫でる。

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