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思いがけない再会①

 その日は朝からなんだか良くないことが続いていたと、そう後々に語ったのはユーリ・クイン王太子殿下であった。


 日課である朝の鍛錬を終え食堂へと向かっている途中、履いた靴の紐が切れ、その紐をタイミング悪く踏んでしまい躓く。

 躓いた先に飾られていた水の水流をモチーフにしたという、王妃お気に入りの前衛的な彫刻作品の荒れ狂う水流だと言われている突起部分が着ていたベストに引っかかり破れる。(幸いにも彫刻は侍従達が支えたので無事)

 ビリッという音を聞きながら両手と両肘を床に付いて今、自分になにが起きたのかとゆっくりと起きた事件を反芻していれば廊下の先で響く甲高い笑い声。

 その声にユーリが顔を上げれば、心配する侍従達の間から寝惚け眼でフラフラと自分より先を歩きながら同じく食堂へと向かっていたはずの妹がたまたま振り返り、ユーリが転ぶシーンを目撃したらしく。

 すっかり目を覚まして、こちらに指を差し大笑いしているのを侍女がそのような大声で笑ってはいけませんと困ったように窘めている。


「だって見たでしょう?ユーリお兄様ったら転んだと思ったら服まで破いちゃって!あんな面白いことってないわ!目もすっかり醒めちゃった!お母様に報告しなくっちゃ!」


 まるで天井まで飛び上がりそうなほどに軽い駆け足で去って行く妹の後ろ姿を見送りながら、ユーリは伸ばしかけた掌を握り締める。


 妹である彼女の性格はよく知っている。

 止めても無駄だ。


 明日にはきっと自分がこの廊下ですっ転んで服まで破いたことは庭師にまで広まっていることだろう。

 よりにもよって何故このタイミングで靴紐が切れてしまったのか……。

 いや、そもそも鍛錬後に何故着替えずに食堂へと向かってしまったのか……。


 朝っぱらから恥かしい思いをしながら侍従を置いていきそうなほどの早歩きで自室に戻り、破れた服のままではいられないので学園の制服に着替え直すとユーリは改めて食堂へと向かう。


「怪我はないの?」


 食堂へと入り席へと着けば、事の始終を妹から聞かされた母親がまず、心配そうに問う。


「大丈夫です」


 恥ずかしさを噛み締めながら、ユーリは澄ました顔で返事をする。


「なにかあったのか?」


 そんな二人のやり取りに、まだなにも知らない父親が不思議そうに問う。


「それがね!面白いことが起きたのよ!」


 母と兄のやり取りを意地悪くクスクスと笑いながら眺めていた妹は、父へと嬉々として一から説明を始める。


 脚色はされてはいないが、やや大袈裟に話されるユーリの痴態。

 それを聞き、そうか……っとただ一言感想を漏らす父親のなんともいえない、にんまりとした笑み。(こういうところは本当に妹そっくりだ)

 家族(母親は覗く)から向けられるからかうような視線に気まずさと、やり場の無い恥ずかしさを誰にも言えないまま抱え、朝食を済ませたユーリは学園に行くために急ぎ馬車へと向かう。


 誰も居ない一人の空間で頭を掻き毟りたい気持ちなのだ。(実際にはしないが)

 このやり場の無い気持ちを取り敢えず一旦、発散させようと馬車に乗り込んだユーリだったが、だが既にその馬車には何故か妹が乗り込んでいる。


「ユーリお兄様ぁ、一緒に登校いーーたしーーましょう」


 まるで歌うかのように、そう言って手を振る妹。

 いつもは時間ギリギリまで部屋で過ごし、侍女に言われて急かされるように登校するというのに、何故今日に限って先に馬車に乗り込んでいるのか。


 いや、理由は分かっている。

 ユーリをからかいたいがために朝食をささと済ませると登校の準備をして馬車に乗り込んで待っていたのだ。

 きっと侍女達は今頃、いつもこうであれば楽なのにと嘆いていることだろう。


 馬車の中でもいかに朝、ユーリに起きた事件が重大であったかを本人に語って聞かせる妹になにも言い返せないまま、窓の外に見える景色を見つめるしかないユーリは始まりの悪い一日に、なんだか嫌な気持ちを抱える。


 これからなにかもっと良くないことが起きる気がする……。


 そんな遠くない未来を暗示しているかのような気にさせる薄曇りの不穏な天気を見上げてユーリが深い溜息を吐いたところで、馬車はラビュリントス学園へと到着し、漸く妹から解放される。


 まだ話したりないのにとぶつくさ文句を言いながら初等部へと消えていった妹と、中等部の入り口で会った婚約者であるクリスティア・ランポールが鉢合わせしなかったことはユーリにとって幸いであった。(きっとクリスティアにも事件が起きたのだと大袈裟に騒ぎ立てて嬉々として話すから)

 教室に向かうまでの間、朝の痴態を知らない者とのたわいない会話をしたことで少しだけ気持ちを持ち直したユーリは、席に着く頃には王城から引き摺り続けていた嫌な気持ちは気のせいだったのかもしれないと思っていた。


 一限目の授業が始まる前。

 教師と共に教室へと入ってきた転入生の姿を見た瞬間、やはり朝の出来事はこのことを暗示していたに違いないと悟るまでは。

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