アーテという女
小さな教会のチャペルの新婦の控え室。
アーテ・ピトスは薬指に嵌められたキラキラと輝く指輪を見て幸せそうに笑みを深める。
「ふふふっ」
光り輝く宝石が嬉しいのではない。
例えこれが野の花で出来た指輪でも、アーテは心の底から喜んでいたであろう。
あたしを大好きな旦那様。
あたしを一番に愛してくれる旦那様。
そしてあたしに、愛を証明してくれる旦那様。
「素敵だわ本当に……」
指輪なんかよりずっとずっと素敵な愛。
一人目の夫のように飛び降りかしら?
三人目と四人目のように首つりかしら?
それとも二人目と五人目のように服毒?
あぁ、もしかするともっと!
もっと心躍るような特別な愛を贈ってくれるのかもしれない!
一体どんな方法で愛を証明してくれるのかしら!
考えるだけでアーテの心臓はドキドキと高鳴り、内から外へと溢れ出しそうなときめきを押さえられない。
「結婚おめでとうございますアーテ」
「まぁ!先生!来てくださったのね!」
早く愛を証明して欲しいと急かす、逸る気持ちを抱えながら、でもこの期待でわくわくする気持ちも長く味わっていたいとキラキラと輝く指輪を見つめていれば掛けられる声。
幸せな結婚式会場には随分と似つかわしくない黒い、真っ黒い男が淡いピンク色の花束を抱えている。
鏡越しにその男の姿を見たアーテは驚き、嬉しそうに立ち上がると振り返る。
「他でもないアーテの結婚ですからね」
「そんなことをおっしゃって。あたしがあの子を事件へと巻き込んだお礼なのでしょう?先生ったらなんでもお見通しなのね。あの子ったらあたしの手紙にはなんの返事もしなかったのに、先生の言うとおりヘンディングスを巻き込んだら、飛んで会いにきたんだもの」
拗ねたようにアーテが唇を尖らせて口にしたのは不満であった。
この黒い男が現れるのはいつだってそう。
あの緋色の少女を事件に誘ったときだけ。
それ以外にはちっとも、姿を現さないんだから……。
誰も彼もあたしのことは心配はしてくれないんだからと、拗ねるアーテを見て。
これから世界一幸せになるはずの花嫁には似合わない表情だと、フッと笑った男は話を変える。
「……優しくて、あなたを心から愛してくれそうな良い相手ですね」
「そうでしょう?あの人ったらあたしと1秒でも離れたら生きていけないんですって!」
拗ねた表情から一転して、結婚相手のことを思い浮かべで満面の笑みを浮かべたアーテは乙女のように純粋に、はしゃぎ、喜ぶ。
彼はアーテが対人警察に捕まっている間に、抗議の自殺未遂を起こした人物だ。
アーテのために死を恐れない人。
アーテのために愛を捧げられる人。
「先生が教えてくださらなかったらあたしは今も、愛される喜びというものを知らずに生きていたでしょうから、本当に感謝していますわ」
「いいえ、あなたは最初から十分に愛される存在なのですから自信を持ってください」
そうしてこれからも……その足元に彼女を愛した男達の屍を転がし続けてくれたらいい。
そうすればいずれまた、今回の事件のように彼女の愛に誘われた新しい事件が起きるはずだ。
敬愛なる探偵に憧れるあの子は、不承不承ながらも起きた事件の謎を追い求めであろう。
それはなんて素晴らしい、私からの愛なのだろうか。
満足げに笑みを深めた男は、どうぞっとケイセイバナの花束をアーテへと差し出す。
受け取ったアーテは胸一杯にその芳しい香りを嗅ぐと、一本抜き取り男の胸に挿す。
「花嫁からの幸せのお裾分けですわ。こんなにも尽くしていらっしゃる先生の愛も早く報われますように」
全てを捧げるその愛をあの緋色の少女が早く気付くといい。
花嫁からの贈り物にニッコリと微笑んだ男は彼女の幸せを願い、頭を垂れて去る。
そう遠くなく、自らの全てが報われると信じるその足取りは軽やかに、踊っているかのように浮かれていた。




