家族とは
事件が解決したディゴリア男爵邸はすっかりと静まり返っていたそうだ。
まさか息子が祖父とメイドを殺した殺人犯人だと思ってもいなかったロンドはショックを受け、すっかり意気消沈しているようであったと後日、ラックが語っていた。
意外にも息子が殺人犯人だと知り気丈であったのは妻であるアンのほうで。
首都への執着を捨てるようにロンドを説得すると、二人は事件の推移を見守ることはなく早々に領地へと戻ることを決めたのだと。
アンは対人警察へと連行されたシークへと面会したときに、大人なのだから自分の起こしたことの責任は自分で取りなさいと、それが両親から与えられる最後の愛情だとの言葉を残したそうだ。
アークはドロシアの告白で思うことがあったのか、男爵邸から出て一人暮らしを始め、カウンセリングにも通っているらしい。
ドロシアは父親に引き取られることが決まった。
「色々とご尽力をいただきましたこと、改めて感謝を申し上げますランポール公女、馬車も大変助かりました。タシアも、苦労をかけてしまってすまなかった」
アロンが留置場から陽の光の元へと出て来た今日この日、対人警察署からランポール公爵家の家紋付きの立派な馬車に(ほぼ無理矢理)乗せられてエニコディオ邸へと戻ってきたアロンは、客間で待っていた馬車の主とそして心配していた妻に深く頭を垂れる。
迎えに来たと言う御者に言われるがままに豪奢な馬車に乗せられたときにはアロンは随分と戸惑ったが、今だ疑いを持ち面白可笑しく記事を書き立てようとする記者達には、公爵家の家紋は実に効果的な牽制となった。
アロンの姿を見て取材をしようと駆け寄ろうとした記者達は馬車を見て、まるで波が引くようにアロンの側から離れていき、誰も彼もが彼の行く道を邪魔する者はいなかった。
アロンはお陰で実に静かに、自宅へと帰り着くことができたのだ。
「いいえ、ご家族を守ろうと沈黙を貫いたエニコディオ様に遮る者などあってはならないことですから」
「アロンで結構ですよ。あなたは私達家族の恩人です」
「ふふっ、ではアロン様。是非わたくしのことも今後はクリスティーとお呼びくださいね」
「えぇ、クリスティー様」
勿論ですと頷いたアロン。
事件を解決し、無実を証明してくれたクリスティアへの恩は一生忘れることはない。
ドクが無実であって、アロンもタシアも心から安堵しているのだ。
「本日は、アーテからタシア夫人への言付けを預かって参りました。直接お伝えするのはアーテも気が引けるからと……まずはご子息の件は本当に申し訳なかったと深く反省しております。アーテもあのようなことになるとは思ってもいなかったので……巻き込んでしまったことに深く謝罪をいたしますと」
アーテではなく、クリスティアに頭を下げられて複雑そうな表情を浮かべたタシアはアロンと顔を見合わせる。
直接アーテに謝罪してもらいたいわけではないが、今回の事件は家族にとって大きな試練となった。
原因を作ったといっていいアーテのことをそう簡単には許せそうにはない。
「そしてもう一つ。何故アーテがあのようなことをしたのかという理由ですが……男爵が余命を宣告されていたことはご存じでしたか?」
「い、いいえ!そんなまさか……!」
「魔力欠乏症で余命はあと半年だと、アーテはその看病の為に雇われていたそうです」
アーテが持っていたノーホスの診断結果を預かっていたクリスティアはルーシーへと視線を向ける。
ルーシーは持っていた診断書をタシアへと渡すとそれを受け取り見た、タシアは驚く。
確かに医者の診断書には魔力欠乏症の文字が書かれていた。
「……そんな……病気は本当のことだったのですね」
「どうぞアーテを責めないであげてください。男爵に雇われる際に病気のことをご家族には話さないことを条件にされていたそうです。ドクはたまたま、アーテが行う男爵の治療を見て病気だと知り、治そうと色々としてくれたと……幼い子供のそういった気持ちをアーテは慮り、事件の日にワインボトルに薬を入れるように指示をしたそうです」
「そう、だったのですね」
そういえばドクが邸を勝手に抜け出してノーホスの元で見付かったことがあったが、そういえばその時に瓶の腹痛薬を持ち出していた。
てっきりお菓子と間違えて持ち出したのかと思い、子供の手の届くところに薬箱は置かないようにと使用人達に指示をしたのだが……あの時にはもう、ドクはノーホスの病気のことを知っていたのだろう。
タシアはドクのお腹が痛くなったときに病気を治してくれる凄いお薬だからと言ってそれを飲ませていたから。
「ドクのことを本当は可愛がってあげたいけれど、他の子供達の手前、可愛がることが出来ないことを男爵はいつも申し訳なさそうにしていたそうですわ」
「お父様……」
ノーホスの心の内のことなど知りはしなかった。
いや、アロンに敵意を向けてきた時点で知ろうとはしなかったのだ。
目に見えずともドクを愛してくれていたのだと知り、後悔を表情に滲ませて俯き、悲しむタシアへとクリスティアは一枚の紙を差し出す。
「遺言書の件ですが、こちらをどうぞお受け取りください」
「こ、これは!」
「アーテがあなたへと全ての遺産をお譲りする委任状となります。爵位も財産も自分が引き継ぐには荷が重いからと。弁護士にも確認してもらい作成した有効な証書となります。アーテはあなたに、そして先々にはドクに、ノーホス男爵が残した全ての遺産を引き継いで欲しいと希望しております」
そこには、将来的にはドクが引き継ぐことを条件としているものの男爵位をタシアに譲ること、アーテ・ピトスが相続する財産の全てをタシア・エニコディオへと委譲することが明記され、アーテ・ピトスのサインが既に記入されていた。
「で、ですがそれでは父の意思が……!」
「男爵へは生前、アーテがそうするようにとご相談をしていたそうです。自身が譲り受けるには身に余るものだからと。男爵もご納得されて遺言書を書き換えようとなさっていたときにあのようなことになってしまったそうですわ。アーテの目から見ても皆様は素晴らしい家族であったから託したいと。きっと亡くなった男爵も望むだろうから、どうか断らないで欲しいと」
敵意を向けた者に対してなんという慈悲深さなのか!
アーテの噂を少なからず信じ、ずっと避けてきたというのに!
家族のことを真に考えてくれていたのは結局のところ彼女だったのではないかとタシアは瞳を潤ませる。
「私、私ずっと申し訳なくて、お父様に期待されていたのにそれを裏切ってばかりで……!」
「ご家族を一番に大切に出来る娘に育ってくれて幸せだと……男爵はアーテへと自慢されていたそうですわ」
「うぅっ」
「あぁ!おかあさんを泣かせてる!」
「ワン!」
今、父に会いたいと心から願う。
会って抱き締めて謝りたいと。
涙を流すタシアの肩をアロンがそっと抱き寄せる。
テラスからはドクがデリアを連れて母を泣かせたクリスティアへと非難の声を上げると、守るように抱きつく。
その姿は誰がなんといおうとも、紛れもない家族の愛ある姿であった。




