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厨房の断頭台①

 夜も更けたディゴリア邸の厨房で黒い影が蠢いている。


 食器の入った両開きの棚を開き、皿の隙間や裏側を身を入れるようにして覗き込み離れる。

 料理道具の仕舞われた下の棚や更にその下を地面に寝そべるようにして覗き、手まで入れ探る。

 その手に付いた汚れに小さな舌打ちをし、ズボンで拭うと立ち上がり、別の場所へと移動する影。

 どうやらなにかを探しているようで、思うような結果に到らないことに苛立ちながらもだが静かに……諦める様子はなく、厨房を静かに歩き回る。


「お探し物はこちらかしら?」


 暗い厨房の中に唐突に、ランタンの明かりがぼわりと灯る。

 静寂であった厨房内、思いもよらず掛けられた声に肩を跳ねさせた黒い影は、声のした方へと鋭い視線を向ける。


 ランタンの明かりよりも輝く金色の髪、それに照らされて揺らめく緋色の瞳。

 夜の闇に紛れる気のない宝石の鏤められた煌めくオレンジ色のドレスを身に纏ったクリスティア・ランポールが、透明な小袋に入った小瓶を手袋を嵌めた手に持って見せている。


 黒い影は突然に現れた闖入者に驚くと同時に、その手に持つものを見てゴクリと喉を鳴らす。


「実に、実に巧妙に事実を利用なさったのですね。ドロシア嬢が持っていた毒薬を利用し、アーテがドクに渡した薬をワインボトルに混ぜるのを見て、この好機を逃さなかった。木を森へと隠すように……自身が犯した罪を都合よくお隠しになられた。幾重にも逃れる術を準備し、自身に目が向くことはないとの自信がおありでしたのでしょう?」


 ニッコリと微笑んだクリスティアはランタンを持ち上げてその正体を明かすために黒い影を照らす。


「そうですわね?シーク様」


 ランタンに照らし出された黒い影。

 シーク・ディゴリアは突きつけられた明かりの眩しげに瞼を細めると、歪に口角を上げる。


「一体なんのお話しでしょうか?俺はただ、小腹が空いたので厨房に来ただけですよ」


 ここに何故クリスティアが居るのか、なにをしに来たのか……そういった疑問を呈することはなく、まず弁明をするかのように肩を竦めてみせたシークの薄紫色の視線は逸らされることなく小瓶に注がれている。

 それを欲しがる眼差しは隠しきれていない。


「床に這いつくばって、一体どんなご馳走を求めていたのかしら?ではこの小瓶に付着しているであろうあなたの指紋とはなんの関係もないと?あぁ、お探しの貸金庫の鍵はミダ夫人のご自宅のお風呂場の点検口に隠されておりましたわ。殺害現場はあまり捜索なされなかったのでしょう?」


 なので先に手に入れましたと、小瓶を顔の横まで持ち上げる。


 ぷかりぷかりと風呂場に浮かばせたあの女。

 人は死を前にすると睡眠薬を飲んでいようと目を覚ますのだと……弱々しく上がる水飛沫を浴びながら楽に死ぬことの出来なかった憐れな女に嫌な気分になり、あの場所を捜索することはなかったが。

 まさかそんな場所に探し物を隠していたとは……苛立つような気持ちを湧き上がらせたシークは小瓶を奪おうと手を伸ばす。


 だがそれより早く、クリスティアは一歩足を下げる。

 二人の間には木製の大きな作業台があり、それに邪魔をされシークのその手は呆気なく空を切る。


「ははっ。一体、なにを言っているのか……あぁ、もしかしてそれがドロシアが持っていたという毒の小瓶ですか?それならドロシアの部屋に行ったときになにかと思って触れたことがあるかもしれません」

「ドロシア嬢は持ち帰った毒薬を鍵付きの引き出しに保管していたと。そしてその鍵は事件当日まで開いていなかったと証言しておりますわ。なんの理由があって鍵付きの引き出しを壊し、毒薬の入っていたこの小瓶に触れたのか、ご説明をしてくださいますか?」

「…………」


 明確な説明は出来ず、シークは口を噤む。

 小瓶に触れたということは、シークが鍵を壊した本人なのだと認めてしまうことになるからだ。

 それは重要で、重大な証言。

 だからシークは口を噤む。


「シーク様、毒はワインボトルにではなく、コップに入れられたのでしょう?あなたが帰宅した時点でボトルは食堂へと移動しておりました、ですが暑がりだった男爵はコップを直前まで冷やしておくのを好んでいたことをあなたはご存じだった。いえきっとミダ夫人があなたに伝えたのでしょう」

「…………」

「そして男爵が倒れ、皆が混乱する中で別に包んでいた毒薬をワインボトルに入れた。使用したのはロンド卿の薬の薬包紙かしら?皆の気を引いたのは、アーテの横でお前が殺したんだと叫んだミダ夫人。ミダ夫人はあなたの共犯者でしたのでしょう?」


 だからこそ彼女は殺されることとなったのだ。

 この卑怯で卑劣な男を信じて……殺されてしまったのだ。


「対人警察が来て色々と探られる前に瓶をミダ夫人に捨てるように指示をなさったのでしょうが、彼女は捨てなかった。心の端であなたをお疑いだったのでしょう。あなたの婚約の件を知り、随分とお怒りになられたのでは?男爵の遺産を手に入れたら結婚するとお約束でもなさったのかしら?わたくし彼女のお話を聞いたときに少し引っ掛かったことがあるのです。ミダ夫人は男爵がコップで亡くなったことを殊更強調しておりました。普通、飲んだコップに注目することはございません。世間もワインボトルに毒薬が入れられていたのだと騒ぎ立てていたというのに、何故敢えてコップに注目したのか……それはあなたへの脅しであった。ワインボトルではなくコップに毒薬を入れたのを知っているのだという脅し。裏切ることは許さないという警告。それが自らの命を縮めることになるとは思いもせずに、彼女は嫉妬心から口にしてしまった」


 そうして残虐な殺人犯人を脅したミダは殺され、その殺人犯人であるシークは今、必死になって証拠品の小瓶を探すことになったのだ。


 ミダのことを知っている彼には探し出すことは容易なことだと思っていたのだろうが……。

 まさかそれをクリスティアに先に奪われることになるとは思いもしなかっただろう。


「自宅を探して小瓶に繋がる鍵を見付けることが出来なかったから、厨房を探されていたのでしょう?」

「ハッ、薬包紙の件まで嗅ぎつけるとは……あいつはここか自宅の往復しかしないつまらない女でしたからね。ただの監視役のくせに自分と結婚してくれるはずじゃないのかと騒いで、証拠の小瓶は捨てずに隠しているから自分からは逃げられないと。金を与えて贅沢をさせてやったってのに!なんでこの俺があんな年も過ぎた女に脅されないといけないんだ!」


 シークに愛されているのだと、彼には自分しかいないと信じたミダはその手を罪に染めた。

 だがシークにとって彼女は都合の良く利用できる駒でしかなかった。

 そして駒が主に逆らうなど許されるはずはないと、身勝手にも怒りを募らせて彼女を殺害したのだ。

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