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アーテの証言②

「心配しないで、ただの鉄分よ。貧血の症状があったから元々処方するお薬だったの。この小瓶を調べればすぐに分かることよ」


 小瓶の周りにはまだ粉が少し付着している。

 それは決してノーホスを死に至らしめた毒物ではないとアーテは自信を持って告げる。


「あたしが持ってきたワインボトルにこっそりと入れてあげてと、あの日あの子にお願いしたの。男爵にもそのことは話していたわ。夕方までにはいつもの点滴をしてさしあげていたから、その時に。ワインの味が少し変だと感じるかもしれないけれど許してあげてねって。他の家族の手前、あの子に冷たくしていたけれど本当はとても可愛がっていたのよ。だからね、病気を治そうとしてくれていることがとても嬉しかったみたいで……喜んでいたわ」


 まさかそれで死んでしまうなんて思いもしなかっただろう。

 ノーホスは死するとき一体なにを思っただろうか。

 子供ではなくアーテを恨んだのだろうか。

 そうであればいいと、アーテは願うばかりだ。

 なにを思ったにせよ、子供に罪はない。


「もどかしい気持ちだったのよ?この話をしてしまうとあの子が疑われてしまうでしょう?瓶が何処にいったのかは、あたしには分からなかったわけだし。あなたが持っているってことはご両親が見付けたのかしら?あの子のことを思うとね、あたし此処から出た方がいいと思ったのよ。あたしの罪はあの子の罪になってしまうから。あたしのためではなく、あの子のために」


 このままアーテが容疑者として捕まり、万が一にも有罪の判決を下されれば……いずれドクは自分が何をしたのかを知るときがくるだろう。

 希代の悪女に唆されてノーホスを殺したかもしれないと自分を責めるような人生をあの無垢な子供に送って欲しくはない。

 それが無実の罪ならば尚のこと。


 アーテはこの事件を解決し、潔白者としてこの牢屋から出るためにクリスティアへと手紙を送ったのだ。

 自身のためではなく、幼い心に傷を負わせないために。


「ほらあたし子供って大好きだけれど、最初の夫からの暴力で産めなくなってしまったでしょう?だからね、余計……子供って無条件で愛おしくって仕方がないの。無い物ねだりね。ヘンディングスも一緒よ。あの子、どうしても手に入らないモノを求めるばかりに感情表現豊かに子供っぽく振る舞うでしょう?そうすれば欲しいモノに構ってもらえるから。だから可愛いの。ねぇ、クリスティー。だからね、必ず事件を解決してね?でないとあたし、心ゆくまで、可愛いあの子を構ってしまうから」


 ふふっと意味深長に笑むアーテはヘンディングスに求めているものは恋や愛などではないから安心してといっているようだった。

 そしてその恋や愛にならないのはクリスティアが事件を解決することへのお礼でもあると。


 アーテが手を差し出せば、ヘンディングスはいつだってその掌で踊ることになるのだという脅し。

 事件を解決しなければ、たとえ牢獄に閉じ込められていようとも希代の悪女たる所以を彼女はヘンディングスへと遺憾なく発揮するだろう。

 そして優しい彼は、呆気なくその毒牙にかかるのだ。


「男爵の病気を知っていたのはあなたとドクだけだったの?」

「えぇ、知られないようにすることがあたしの役目でもあったから」


 病気だと知られれば、子供達がその死を今か今かと期待し集まる。

 まるで死肉に群がるハイエナのような姿を、死ぬ前に見たくはないとノーホスは険しい表情でアーテに言っていた。


「ねぇ、クリスティー。あのメイド、亡くなったって聞いたわ」

「ミダ夫人のことかしら?」

「そう、ミダ。贅沢と若さに執着していた人。お前が殺したんだって、あたしをいの一番に告発したから怪しいと思っていたのだけれど……彼女が犯人ではなかったのね」

「ミダ夫人があなたが犯人だと叫んだんですか?」

「えぇ、そうよ。あの人が叫んだの。あの人、あたしの側に立っていたものだから、その声に釣られた皆が一斉にあたしを見たのよ」


 ノーホスの死に混乱し、騒然とする場で叫ばれた告発者(ミダ夫人)の声。

 その声に釣られて注がれた皆の視線にアーテは微笑んだ。

 アーテはこの時点でノーホスが倒れたのは殺人ではなく、病気が悪化して倒れたのだと思っていたから。

 だから、なんて愚かな家族なのだろうかと憐れんで微笑んだのだ。


 誰一人として彼のことを分かっていない。


 誰一人として彼の病気に気が付いていない。


 これが本当に家族といえるのだろうかと嘲りを含めて……微笑んだのだ。


「それとね、クリスティーにお話ししないといけないことがあるの。これは生前の彼とお話しをしていたことでもあるの」


 そういうとアーテは一枚の封筒を差し出す。

 促されて中を見たクリスティアは瞼を見開くとアーテを見つめる。


 これは、これが事実であれば最早アーテがこの牢獄へと入っている必要はないという事実。

 この茶番は本当に子供のためなのだと……理解したクリスティアは、呆れたように溜息を吐くとその差し出された封筒を預かったのだった。

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