悪意に染められた純真①
アロン・エニコディオが重要参考人として対人警察へと連行された!
メイドの死に深く関与か!
娘との結婚を反対していた義父との不和!
養子の件で仲違いは決定的に!
現在拘留中の希代の悪女アーテ・ピトスは事実、殺人犯人であったのか!?
そんな見出しが新聞各紙の紙面を踊る。
アーテの逮捕で終わったかに思えた事件に訪れた新たな展開はまるでフェスティバルであるかのように、メイドの死は大々的に人々へと流布されていた。
「このようなときにお邪魔をしてしまって申し訳ございませんタシア夫人」
「いいえ、構いません」
疲れ切った様子でクリスティアを迎えたのはタシア・エニコディオであった。
カントリー調の書斎のソファー上、取材に訪れる記者達への対応や主が不在となった商会の仕事の引き継ぎ……アロンが連行され眠れない日々の疲れはタシアの表情に深く、くっきりと刻まれていた。
書斎机の上には書類がうず高く積まれている。
「ご子息はどちらに?」
「ドクは今、子守と一緒におります。記事のせいであの子も辛い思いをしていて……」
クリスティアから向けられる強い視線から目を逸らし、タシアは眉を顰めて苦悩に満ちた表情を浮かべる。
「本日はどのようなご用件でいらしたのでしょう?」
「ご主人の件をお聞きしたく伺いました。マンションへと行った件……エニコディオ様はミダ夫人の殺害の関与について黙秘をなさっているそうですわね」
「…………」
そう、アロン・エニコディオは今、連行された対人警察署で沈黙を貫いていた。
何故、マンションに居たのか。
ミダと会ったのか……。
全てを沈黙し、証言を拒否しているアロンに対人警察は手を焼いていた。
タシアはその事実を知っているのだろう。
なにかを言うことはアロンの不利になるかもしれないと……その唇は警戒するように強く、結ばれる。
「タシア夫人。エニコディオ様がミダ夫人のマンションから出てこられたのは事実、ミダ夫人に会いに行ったのもまた事実、だからこそ沈黙をなさっているのでしょう。そして遺体を発見し、気が動転して逃げ去ったのであれば、そう伝えればいいだけのこと。警察が調べれば嫌疑が晴れることもありましょう。ですがそうしないエニコディオ様にはなんらかの別の理由がおありのはずです。そうしなければならない理由が……」
俯き加減に逸らされたままのタシアの視線。
その横顔をクリスティアはじっと見つめる。
「エニコディオ様のその行動をお咎めにならないタシア夫人にも、恐らくそのことについてのお心当たりがあるのではないのですか?一体、彼はなんのために沈黙をなさっているのですか?」
「…………」
「沈黙を選ぶのは悪手です。このままではエニコディオ様が全ての罪を被ることになりますわ」
現にその沈黙は世間を疑わせる格好の餌食となりアロンを追い詰めていた。
アーテの支援者達は特に、新しく犯人が見付かったのだからアーテを早急に釈放しろと訴え始めているらしい。
これが悪手であることはタシア自身もよく分かっているのだろう。
眉根に皺を寄せたままの俯くタシアはその唇を薄く開きかけたが、だがすぐに重く強く閉じられる。
どうすればいいのか分からないのだ。
相談したくとも誰にも出来ない。
なにが事実であるのか、タシアにも分からないのかもしれない。
「……タシア夫人。言い難いことでしょうから、わたくしからお聞きいたしましょう。男爵の毒殺事件の件でご子息は一体どのような役割をなさったのですか?」
「無礼ですわご令嬢!」
急にドクのことを言われ瞼を見開き肩を跳ねさせたタシアは、漸く開いた唇から焦りと共に悲鳴に似た声を上げる。
「無礼なのは承知しております。ですが、このまま事実をお隠しになられるのは誰のためにもなりません。勿論、ご子息のためにも……」
「なんの関わりもありません!あの子は、ドクは一切父の事件には関係しておりません!」
「では夫人、パーティーの日にご子息を厨房近くで目撃したと証言したのはミダ夫人です。コックであるモーリスとの証言の食い違いは本当にその姿をモーリスは窓から見ることはなかったから。ご子息の身長では窓からその姿を見ることは出来ないのでしょう。ミダ夫人が殺された理由は彼女が事件の日に殺人犯人に繋がるなにかを見て、知ったからです。彼女はそれをあの居間での証言の場で示したのです。そして聡いあなたはそれがどういう意味を持つのか気が付いた。あなたはいの一番に彼女達の生活の保障を申し出ました。父に結婚を反対され家を出た長女が、関わりのない使用人達へとどうしてそう申し出たのか納得できる説明をなさってください。出来ないのならば……わたくしはわたくしが考えている事件に繋がる事実を持って警察へと証言しに参ります。それはエニコディオ様の不利になることでしょう」
この事実が誰を捕まえることになったとしても……。
そう強く告げる緋色の瞳にブルブルと体を震わせながらクリスティアを怒りに満ちた眼差しでタシアは睨みつける。
逃れられないのだ。
いや、逃がすつもりがないのだ。
クリスティアが掴んでいる事実にタシアは覚悟を持って徐に立ち上がると、部屋の隅に置いてある金庫へと近寄り扉を開く、そして中から何かを取り出す。
「アロンは、アロンはわたくしを庇っているのです!わたくしが、わたくしが父を殺したのです!」
クリスティアの前へと置かれたのは小さな瓶であった。
なにも入っていない空の小瓶。
いや、薄らと白い粉の残る小瓶。
それはアロンが沈黙する理由であり、タシアが隠そうとする事実であった。
「その証言で本当によろしいのですか?ではメイドは?ミダ夫人は誰に殺害されたのですか?殺害時刻にタシア夫人がご子息と邸に居たことは多くの使用人達が目撃していることでしょう。やはりミダ夫人は、エニコディオ様が殺害なさったのですか?」
「違います!アロンがミダ夫人に会いに行ったときには彼女はもう死んでいたと!」
ハッとしたように言葉を切ったタシアは自分がなにを口走ったのか気付き、すぐに口を噤む。




