刑事の手帳②
「まず今回の夜会でエスコート役をしていた男爵家の次男ヒューゴ・クインリイ令息17歳。リネットさんとの正式な付き合いは半年ほどですが親戚関係にあるので幼い頃から交流があったみたいです」
表示された顔写真は色白で金に近い薄茶色のショートを七三に分けた髪、黒い丸めがねを掛けた水浅葱色の瞳で唇をきゅっと結んだ緊張した面持ちの青年に憧れをもっているかのような少年の姿。
その顔にクリスティアは見覚えがあり、思わず声を上げる。
「あら、この方……」
「会ったことあるのか?」
「お話しをしたことはございませんが。リネットさんがお出になられた社交では大体のお相手をお勤めだったのではなかったかしら。仲睦まじく共に歩く姿を何度か拝見したことがございますわ」
クリスティアにしてみればどれも数ある社交の中の一つで、下位の者達と数多く挨拶を交わせないくらいの大規模なパーティーでだけれどもリネットと共に来場した姿を見たことがある。
ユーリの婚約者としてクリスティアは社交の前には必ず列席者の名前、顔、位を全て把握するようにしている。
それは例え挨拶をしてくるはずのない末端の商家だとしても例外では無いのでヒューゴの顔も覚えていたのだ。
そして思い出せたのは彼が印象的だったからかもしれない。
リネットを見つめるその眼差しが、彼女を愛しすぎていたのだ……。
「次が子爵家の長男でマーク・ガイルズ24歳。リネットさんとの付き合いは一年ですね。でも付き合ったり別れたりを繰り返しているみたいです」
こちらもクリスティアには見覚えがあった。
色白の端整な顔立ちに金茶色のショートの髪は風が吹けば絡まりなく靡きそうな柔らかさ。
柔和な水色の瞳で、万人を魅了する微笑みを口角に携えているのはあまり良い噂は聞かない青年である。
社交会では浮薄者として大変有名で、独身だけれども子供が一人二人居るのではと囁かれているほどで……クリスティアも彼に泣かされた令嬢を何人も知っている。
「そして最後が商家の三男でブレイク・ゴールデン23歳。リネットさんとの付き合いが一番長くて三年ですね。こちらはなんというか、あからさまな金づるって感じですね。一部噂では別れ話がでていたそうですけど」
肌の色が青白いせいか目に付く頬に浮かぶそばかす。
山吹色のボブの髪に浅葱色の瞳は頼りなさそうに垂れた瞼で少し隠れている。
ゴールデン家はこの五年で成り上がった上層中流階級だ。
爵位はないものの貴族の間では名と顔が広く知られ渡っており、クリスティアも名前だけは知っていた。
確か、ゴールデン家が今一番望んでいるのは爵位を得ることだ。
ただの商家が爵位を得るためにはどこかの貴族令嬢と息子を結婚させて姻戚として爵位を賜るか、貴族の土地を正規の方法で奪い取り新興貴族となるかしか方法はない。
ゴールデン卿は随分とお金にシビアな人だとの噂なので、今は熱心に息子達の婚姻相手を探していると聞いている。
「あと数名の令息達との付き合いがあるみたいですけど夜会に来ていたのはこの三名のみですし。それにここ三ヶ月間、別れていた時期の人は嫌疑からは一応外してます」
「別れている時期というのはどういうことかしら?」
「リネットさんは気に入った令息と付き合い始めても飽きればすぐに別れていたらしいです。ご友人だという方々からそう証言を得ております。大体三ヶ月位で相手を見極めて別れるか別れないかの選択をしていたらしいですね。でも時期が空けば気に入らなくてもよりを戻すこともあったみたいなので別れている時期と皆さん笑っておっしゃってましたよ」
きっと友人とは言い難い者達の陰気な嘲りを目の当たりにして不愉快さを感じたのだろう、ラックが眉を顰めた顔で話をする。
それにしてもリネットという人は魅力的な女性だったからこそ複数の人と付き合うことができたのだろう。
一人とでも付き合うのは大変だというのに複数とはまたご苦労なことだ。