魔学クラブの事故②
「ドロシア嬢はなんとおっしゃっているのですか?」
「学園での事故の件を知って、怖くなったから小瓶は引き出しの奥に仕舞って鍵を掛けて保管していたと。男爵が毒殺されたと知って、まさかと思って引き出しを探したが小瓶が無くなっていたそうだ」
「ドロシア嬢が男爵へと使用した、ということはございませんか?」
「引き出しの鍵は壊されていてな。鍵を持っている奴が壊しはしないだろう?まぁ、頭が回ればそれを仕込んでおくかもしれないが……一応、本人は否定している。事件当日に一度鍵を開けて、引き出しの中に小瓶が入っているのを確認したらしい。それで母親のためにアーテ・ピトスを殺したいと思っていたそうだ」
お爺様はあの人のせいで変わってしまったとドロシアは対人警察署の取調室で語っていた。
あの人が居なくなれば元のお爺様に戻ってくれると思った。
お母さんを捨てないでいてくれるって思った。
だからあの人を殺そうと思ったけど……怖くて、出来なかった。
そう、背中を丸めて大粒の涙を流しながらドロシアは語っていた。
母を助けるために、母を捨てなければならなかった娘。
幼い背に背負った重荷に追い詰められていた娘を見て……。
そんな娘に酒に酔いながら捨てないでと縋り付いた自分を思い出して……。
自分はなんて愚かな母親なのだと沈黙し、ドロシアを抱き締めることしかできなかったアーク。
ニールの目にそれは、真実を語っているように映った。
「誰か他の者に薬があることを話してはいなかったのですか?」
「話してはいなかったそうだが……少し考えれば分かるはずだと本人は言っていた。クラブに入っていることは家族や身内には知られていることだったし、今回事故を起こした友人達を邸に招いたこともあるそうだ」
「彼女の部屋に出入り出来るのは、どなたなのでしょうか?」
「知るかぎりでは母親とメイドだけだと言っていたが……扉の外に鍵が付いているわけでもないからな。目を盗めば誰にでも簡単に出入りはできただろう」
事件の日、ドロシアは朝からノーホスへの誕生日プレゼントを買うために外出もしていた。
ならばドロシアの部屋に忍び込み、引き出しの毒物を奪うチャンスなんて誰にでもあったはずだ。
難しい顔をする対人警察と考えるように視線をタブレットへと向かわせるクリスティアの話しをソワソワとしながらも黙って聞いていたヘンディングスは、止まった会話に漸くと言わんばかりに口を開く。
「ではアーテの嫌疑は晴れるのではないですか?毒物はアーテが持って来ていたわけではないのですから。彼女をあの狭い牢獄から早く開放してあげてください、可哀想じゃないですか」
「その容疑者が事件当日にドロシア・ディゴリアの部屋に侵入して引き出しの鍵を壊し、持ち出した毒物をワインボトルに入れなかったという証拠はないだろう?」
「そんなまどろっこしいことをするくらいなら当初の警察の見立て通り、最初から毒物をワインボトルに入れて持ってくるでしょう」
「どうですかね、今までのことを考えれば警察に捕まりたくないからと色々と知恵を絞るかもしれないじゃないですか。なんだって相手はあの希代の悪女ですよ。今までのこともそうやって知恵を回して、警察の捜査から逃れてきたんですよ」
「全て世間が面白可笑しく掻き立てた濡れ衣です。というかそんな不名誉な悪名で彼女のことを呼ばないでください。彼女は麗しい僕の女神なんですから……ではいつになったらアーテは開放されるんですか?」
「拘留期限が過ぎたらな」
支援者達から贈られた贈り物で留置場を彩り、我が家のように過ごしている図々しい女の何処をどう見て可哀想だと思えるのか。
ニールにもラックにも甚だ疑問なのだが、全ての可能性が無くなるまでは相変わらず、第一容疑者であることに変わりはないと一蹴するようにニールは告げる。
その返答に、ヘンディングスは不満そうに唇を尖らせる。
「それでクリスティー。お前が色々と話してみて、他に有力な容疑者はいたのか?」
「さぁ……まだなんとも。話の途中であなた達がいらっしゃるトラブルもございましたし。ドロシア嬢がお持ちだった毒物の件を含めて、皆様のお話しを改めてお聞きしたいとは思っておりますわ」
「そうか」
クリスティアが新しい容疑者を見付けていないのならば、アーテの拘留期間は余計に伸びるだけだ。
それはそれでアーテという女に魅了された新たな犠牲者が出なくて済むだろうとニールは警察として少しばかり、安堵した気持ちをその胸に抱えるのだった。




