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雨の記憶①

 それは丁度、対人警察が登場して邸が騒ぎだす少し前。

 クリスティアに(強制的に)付いてきたはいいものの取り調べには参加出来ずに、殺伐とした居間の雰囲気に息を詰まらせていたアリアドネは同じく、つまらなそうにソファーで足をぶらつかせて少しウエーブの掛かったクリーム色の髪を揺らしていた男の子、ドク・エニコディオが子供らしく暇を持て余し、薄緑色の瞳を潤ませて外に行きたいと父親へとせがんでいる声を小耳に挟みこれ幸いと、ランポール家のメイド(こういうときには素晴らしいネームバリュー)であるこの私がご子息に付き添いましょうと、不審がる父親から許可をもぎ取り、部屋からの脱出を無事に果たしていた。


 ドクに案内されて辿り着いたのはディゴリア邸の裏庭の奥、古い作業小屋の横で鎖に繋がれた小型の茶色の犬が大人しく、地面に伏せっている。


「デリア!」


 道中はアリアドネのことを警戒心していたからか、どんな問いにも曖昧な返事か沈黙でしか答えず無愛想だったドクは犬の姿を見ると嬉しそうに駆け出す。

 伏せていた犬がドクの声に反応して上体を起き上がらせる。

 そしてその瞳でドクを見ると尻尾をはちきれんばかりに振るが、後ろを付いて歩いてきたアリアドネを見て、今度は警戒するように唸り声を上げる。


「うぅーー」

「ダ、ダメだよ吠えたらまた怒られちゃう。しぃーー」


 デリアが大きな声で吠えるといつだってロンドが五月蠅いと叱っていたし、両親は困った顔をしていた。

 他の人達だっていつだって嫌な顔をしていたのでこの人も嫌がるだろうと、デリアを庇うようにドクは慌てて抱き締める。


 そんなドクとデリアを見て深緑色の瞳を細めたアリアドネは、なるべく一人と一匹を怖がらせないためにそれ以上は近付かずにその場でしゃがむと、明るく声を掛ける。


「こんにちは。私はアリアドネ・フォレスト、今日はちょっとした用事でご主人様に付いてきたメイドなんだけど……君のお名前はなんていうのかな?」

「うーー」

「この子はね、デリアっていうの」


 一定の距離から近寄らずに、しゃがんで話し掛けるアリアドネに尚も唸り声を上げるデリア。

 仲良くなるのは難しいかしらと困ったように眉尻を下げるアリアドネに、デリアの背を撫でながらドクが答える。


「へぇ、デリアっていうのね。初めまして。デリアは私が好きかしら、嫌いかしら?」


 そのまま距離は詰めずに掌だけをアリアドネはデリアへと差し出してみる。

 それにドクが、あっと小さく声を漏らす。

 デリアが吠えるか噛みつくかと心配しての反応だったのだろうが……デリアは警戒しながらもアリアドネの掌をすんすんと嗅ぎ、くぅんと一声鳴くと先程の警戒心からは打って変わってその掌に頭を擦りつける。


「撫でていいの?」

「わん!」

「あはは、凄く良い子ね!」

「すごい、デリアはボクとおじいちゃん以外には吠えるのに!」


 白いお腹を見せて撫でることを要求するデリアに、アリアドネは声を上げて笑う。

 ヒロイン属性なのかなんなのなは分からないが、アリアドネはどんな動物にも無条件で好かれるのだ。


 デリアの元へと向かうまで無愛想だったドクだったが、デリアがアリアドネに気を許してくれたことで警戒心もすっかり薄れたように、感動した声を上げる。


「お姉ちゃんは優しいから動物に好かれるんだ。デリア、お手」

「わん!」

「すごーーい!」


 半分冗談のつもりだったのだが、差し出したアリアドネの掌にデリアがお手をしたことによりドクはそれを信じたようで、純粋な眼差しがアリアドネへと向かう。

 そのキラキラとした眼差しに、純粋な子を騙しているという罪悪感がアリアドネの胸に少しばかり芽生えるが。

 好かれていることに偽りはないので、目を瞑る。


「お姉ちゃんはあの金色の人のメイドさんなんでしょう?ならおじいちゃんのお別れにきたの?」

「え、えぇ。そうなの」


 金色の人とクリスティアの容姿を見て子供らしく形容したドク。

 実は依頼されて事件を嗅ぎ回って引っ掻き回しているとは言えずに、アリアドネが更に罪悪感を胸に湧き上がらせていれば、ドクはそっかっと小さく呟く。


「おじいちゃんどうして死んじゃったんだろう。お薬飲んだら病気も良くなるって言ってたのに……」


 この子はノーホスが毒物で死んだとは知らないのだ。

 悲しげに俯きながらデリアを撫でるドクに、アリアドネは話を合わせるように言葉を掛ける。


「おじいちゃんは病気だったの?」

「うん、アーテお姉ちゃんがそう言ってた」

「アーテが?」

「おじいちゃんは病気だからお母さんやお父さんに意地悪しちゃうけど、本当は皆のことが大好きなんだって」


 アーテがそんなことを言うなんて意外だとアリアドネは思った。

 年老いた男の遺産を狙うのならば、家族仲が悪ければ悪いほど孤独であればあるほど、付け込みやすく扱いやすいと思ったからだ。

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