ドロシアの証言①
「ドロシア・ディゴリアと申しますランポール公女。母が感情的になったようで、すいません。ショックなことがあると、ああいう発作がいつも起きるんです」
癖毛の髪を後ろで一つに結び、頬に浮かぶそばかす。
気苦労を滲ませた青みがかった紫色の瞳を伏せたドロシア・ディゴリアは、エスコートをするヘンディングスの腕へと回した手を緊張から強張らせていた。
その手が素肌に触れていれば、指先が氷のように冷たいことが分かったであろう。
「いいえ、男爵がお亡くなりになったばかりですもの。無理もありませんわ……どうぞ、お座りになられて。わたくしのことはクリスティーとお呼びになってくださいね」
理解ある言葉に頭を下げたドロシアは、クリスティアに名を許されたことに少し嬉しげに肩に入っていた力を抜き、ソファーへと座る。
「そんな……あの、光栄です。では私のこともドロシアとお呼びください。それで、私はなにをお話しすればよろしいのでしょうか」
「なにか気になるようなことがあればなんでも、お話しくださいドロシア嬢」
「気になるようなことはなにも……」
視線を逸らし、言い淀むドロシア。
家族の中に殺人犯人が居るかもしれないと疑う者に、易々と話しをするはずはない。
ならばとクリスティアが問う。
「ではこちらで過ごされて一年経った頃だとお聞きしました。アーテはよく、こちらにいらしていたのですか」
「えぇ、半年くらい前から頻繁に来ていました。お爺様ったらデレデレしちゃって……傍目に見ればあまり気分の良い姿ではありませんでした」
頷いたドロシアは一瞬、嫌そうな表情を浮かべる。
ドロシアはアークが離婚して一緒にこの邸に戻ってくるまで、あまりノーホスとの関わりがなかった。
アークは率先して実家に寄りつくようなタイプではなかったし、ドロシアも……母からノーホスのことをいいようには聞いてはいなかったので会いに来ることはなかったのだ。
そんな数少ない関わり合いの中で、ノーホスと言えば厳格であり威厳のある怖いイメージがドロシアの中であった。
だからアーテに対してデレデレと、鼻の下を伸ばしている姿を見たときは……少なからずショックを受け、嫌悪感を湧き上がらせた。
「あの人が来ると母は不安がっていました。家を乗っ取られんじゃないかって……現に乗っ取られそうになってる。あの人が本当に無罪だったら……私達はこの邸からすぐにでも出て行かなければなりませんね」
「ドロシア嬢はご不安ではなかったのですか?」
アーテが全ての遺産を受け取ればそうなるだろう。
クリスティアさえ現れなければ……そんな怨めしさを感じているのかと問うようにドロシアを見つめるクリスティアだったが、ドロシアはフッと自嘲気味に笑むと、それを受け入れていたかのように頭を左右に振る。
「それも仕方ないことだと思って……諦めています、クリスティー様。母は慈善活動だといって詐欺師の集まりにのめり込んで……お爺様のお金を黙って使っていたんです。だから誕生日の前の日にお爺様から邸を出るように言われたと……此処を出るのは遅いか早いかだけの違いです」
「まぁ、そうなのですか?」
酷く酒に酔って夜中にドロシアの部屋へと訪れたアークは自分がなにをしたのかドロシアに語って聞かせた。
立派な行いをしているのに何故、責められなければならないのかと。
ショックを受けたようにわんわんと泣きながら、自分は悪くないと。
ドロシアは話しを聞きながらノーホスが怒るのも無理はないと頭が痛くなった。
家族といえども人のお金を盗んだのだ、弁明のしようもない。
通常ならば警察に訴えられても仕方のないことをアークはしでかしたというのに……当の本人はその事の重大さを分かっていない。
家族であればなんでも許されると……そう詐欺師に言われたことを本気で信じているのだ。
「それは随分と、困ったのではないのですか?」
「いいえ、幸いにもお爺様は住むところは準備してくださるとお約束をしてくださったみたいです。最低限の生活も保障すると。母に何処ででもいいから真面目に働いて、使ったお金を返済しろとおっしゃったと。正直、私もそれまでは賛成でした。お金は返すべきだと……ただ住む場所を準備するのに一つ条件を出されたそうです」
同情するようなヘンディングスの眼差し。
この短い間でアークという人物の人となりはなんとなく察せられていたのだ。
アークは本当に、どうしようもない憐れな母親だった。
努力もなにもしないで己の境遇が不幸だと嘆くばかり。
ドロシアはいつだって、アークに対してイライラとした苛立ちを感じていた。
「どんな条件だったのですか?」
「私を……この邸に置いていくことです」
苛立ちを感じていながらも見捨てることは出来なかったというのに……。
アークの話しを聞きながらドロシアは、自身の意識がグラリと揺れて足元がおぼつかないような気持ちになったのを覚えている。
ドロシアが何故、父ではなく母を選んで付いてきたのか……それは単純に母が心配だったからだ。
彼女は一人では生きていけない可哀想な人。
誰かに寄りかかっていないと自分を見失ってしまう人。
それなのに今更……母を捨てろだなんて。
お母さんを見捨てないわよねと泣きながら訴えるアークの縋る眼差しに、ドロシアはなにも言うことは出来なかった。
ノーホスはその条件を飲まなければ容赦なく、ドロシア達を追い出しただろう。
住む家もお金もない、ノーホスに縋らなければ生きていけない現状で条件を受け入れないなんて……現実的ではない。
そんなことを考えながら泣くことしかできない母を見つめるドロシアは心の端で……漸く母から離れられることに、安堵した気持ちを抱えていたのだ。




