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タシアの証言②

「そして話しが終わった後で父からアークを呼ぶように言われましたので、部屋にいたあの子を呼び、わたくしはすぐに自室へと戻りました。あの子、最近あまり評判の良くない集まりに参加をしているようで……娘のドロシアが心配しておりましたから、その話しをされたのでしょう。そして翌日には予定より早くにこちらへ来るという伝言を夫から預かりましたので、昼前頃に邸の門まで二人を迎えに行きました」

「男爵とお話しをされたエニコディオ様のご様子はいかがでしたでしょうか?」

「少し、不愉快そうではありました。ですがそれは父を殺す動機にはなりませんわ。港の件だって……結局は他の手段を講じておりましたし。夫はあくまでわたくしのために、父への礼儀を尽くしてくれていただけです」


 そうでなければ不義理を働いた相手が再度歩み寄ってきたとしても、アロンは相手を突っぱねて、二度と会うことはしなかっただろう。

 妻として、タシアはそういう夫の姿を多く見てきた。


「お二人がお話しされているときに、夫人はどちらに?」

「息子が父の飼っている犬と庭で遊んでおりましたのでそちらに。父以外には誰にでも吠えるというのに、息子には絶対に吠えないんです。だから出来ることならばこちらで引き取りたいと思っておりますわ」


 タシアにさえ吠える利口な犬に、険しかった瞼を少し細めてタシアは笑む。

 それは今日初め見る、タシアの穏やかな表情であった。


「ではタシア夫人は事件のときに、こちらの男爵から近い椅子にお座りになられていたそうですが……なにか見たり感じたりしたことはございませんか?」


 簡易的な食堂の図を指し示したクリスティアに頷き見るタシアだったが、すぐに頭を左右に振る。


「いいえ、なにも見ませんでしたし、感じることもございませんでした。誕生日のお祝いでしたから、いつもより少し豪勢な食事だと思ったくらいで……父が倒れるまで本当に、なにも思わなかったです」

「そのときは、病気でお倒れになられたと思われましたか?」

「そのようなことを考える余裕はありませんでした。頭が真っ白で……夫の声に促されて、怯えている息子を連れてすぐに食堂から出ました。そして息子を食堂から一番近い客間へと連れて行き、急いでお医者様を呼ぼうとしたら執事のルアゴが警察も呼ぶように言われたというので、お医者様も一緒に呼んでもらうようにお願いしました」


 端から見れば、素早く行動をしたタシアは冷静なように見えたのかもしれないが、心の中は十分に混乱していた。

 心臓がバクバクと不安で高鳴り、体が震え、心の中で神に祈りを捧げていた。


 どうか父を助けてくださいと。


「息子を連れて食堂から出た後は、あの中でなにが起こっていたのかは分かりません。ですが後から色々と疑問が湧き上がる中でも、父に持病などはなかったと思っておりましたから、ただただ訳が分からずにおりました。そうしているうちに皆が客間へと集まり、いつ来たのかも分からない警察の方が父の死を告げたのです」


 その時のことを思い出してタシアは唇を噛み締める。

 タシアの脳裏には倒れたノーホスの姿が今だ、離れずに渦巻いていた。

 それは息が止まりそうなほど、衝撃的な姿だったのだ。


「酷くショックを受けたことでしょう」

「えぇ……とても……」

「食堂で誰かが、アーテに向かってあの女が殺したのだと叫んだそうなのですが、タシア夫人にお心当たりはございますか?」

「誰がそのようなことを……いいえ、わたくしは知らぬことです。第一、そう誰かが叫んだときにはわたくしは食堂にはいなかったはずですわ。そのような声を聞いた記憶はございませんから」

「殺しだとは全く、疑いはしなかったのですか?」

「……勿論です。あの人が捕まらなければ疑うことすらしませんでした」


 警察の捜査があり、アーテが捕まったことで、これが殺人事件であったことを知ったのだとタシアは頷いてみせる。

 では一体誰が、食堂でアーテを断罪するために叫んだのか。

 あれだけ人が居たというのに、誰もそれが誰だか分からない。


「男爵はアーテに男爵位を含めた遺産を全て譲るという遺言書を残しておられたそうですが、そのことについてどう思われますか?」

「特になにも思いませんわ。父の功績により得た遺産です。父がそうしたいというであれば、そうすれば良いだけのことです」

「ロンド卿は随分と不満がおありなようでしたけれど」

「あの子は……爵位に執着のようなものを持っているのでしょう。領地民達を慮るような立派な振る舞いでもあれば、父も少しはあの子に譲ることを考えたのでしょうが……生憎とそうはなりませんでした。ですがロンドは誰かを殺してそれを隠せるほど、器用な子ではございませんわ」


 爵位にも遺産にも興味がないタシアは呆れたように視線を横へと逸らす。

 ロンドにあるのは高く積み上がった矜持だけ。

 殺人などと大それた事をする度胸は、ロンドにはないことをタシアは知っていた。


「畏まりました、ご協力どうもありがとうございます。それと是非、ご子息にもお話しを聞けたらと思うのですが構いませんか?」

「いいえ、ご遠慮ください。あの子はまだ子供です。それに事件のときにはすぐに食堂を出ましたしから、なにも覚えておりませんわ」


 すぐさま強い口調で拒絶したタシアに、クリスティアは少し気圧されながら、配慮を持って頷く。

 隣りのヘンディングスも、その睨みつけるような形相にメモを取るために曲げていた背を伸ばす。


 子を守ろうとする母親は、どんな野獣よりも恐ろしいものだ。


「畏まりました。先程は少し、遠目からしかご子息のお姿を拝見することが出来ませんでしたが……エニコディオ様が夫人に良く似ていらっしゃるとおっしゃっていましたわ」

「……えぇ、そうですわ。私達夫婦の子ですから」


 アロンに似ていると散々と噂されてきたせいか、少し驚いたように瞼を見開いたタシアは、強張っていた表情を柔らかくする。


 ドクは間違いなく、夫婦の子であるのだから。

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