タシアの証言①
「どうぞお座りになられてくださいエニコディオ夫人。わたくしのことはクリスティーとお呼びください」
「タシアで結構ですわレディー・クリスティー。わたくしは一体なにをお話しすればよろしいのでしょうか?」
タシア・エニコディオは毅然とした女性だった。
焦げ茶色の髪を後ろで丸く結び、背筋を真っ直ぐに伸ばしてクリスティアへと挨拶をするとソファーへと座る。
追悼の場に見合った黒のフォーマルドレス。
所作や礼儀作法の申し分のない姿は、爵位のある家庭で厳格に育てられた長女であることが窺い知れた。
「事件のことでしたらなんでも。勿論、事件に関わりがあるのか分からないことでも。お話しされたいことがあればなんでも、お聞きしたいと思っております」
クリスティアをじっと見つめるロンドよりも濃い紫色の切れ長のタシアの瞳は警戒心を強く、強く滲ませている。
なにも言わなくてもいいのならば、彼女はなにも語ることはないだろう。
「ではまず、事件の当日。お昼前頃にこちらの邸へといらしたとエニコディオ様からお聞きいたしました」
「えぇ……いえ、正確には主人と息子がその頃にこちらへと参りました。わたくしは前日の夕方頃から邸に泊まっております」
「まぁ、そうなのですか?」
てっきり昼前頃に家族で邸へと来たのかと思っていたのだが……。
恐らくアロンは意図的にタシアが先に来ていたことを話さなかったのだろう。
それは単純に、いらぬ疑いをタシアへと持たせないための愛のある行動なのだろうが……逆に言えば愛故になにかを隠しているのではないかと、クリスティアが疑いを深める行いでもある。
「タシア夫人は何故、お一人で前日に邸へといらしたのでしょうか?」
「それは……」
少し言い淀んだタシアだったが、黙っている必要のないことを隠していても仕方がないと、瞼を伏せながら重い口を開く。
どうせ調べれば知られることだと。
「息子の件で父と話すために、わたくしだけ先に邸へと参りました。夫がいると少し、感情的になってしまい良い話し合いは出来ないと思いましたので」
「ご子息は養子だとお伺いいたしました。その件でディゴリア男爵との行き違いがあったとも」
「ふっ、ロンドが話したのでしょう」
責めるような口振りではなく、呆れたような口振りなのは昔からこういうことが多くあったからだ。
ロンドはいつだって、優秀なタシアを羨み嫉んでいた。
「そうです。引き取った頃には父も息子を可愛がってくれていたのですが……馬鹿馬鹿しくも息子が夫の不義によって生まれた子だとの噂をお聞きになられて、随分とお怒りになりましたわ。確かに、息子と夫の容姿は似ております。だからこそ、私はあの子に惹かれて……孤児院から引き取ったのですから」
「では男爵に全て誤解であると伝えるために、お二人より先に邸へといらしたのですか?」
「えぇ、そうです。あの子がどういった経緯で孤児院に引き取られたのか、本当の両親はどうしているのかの証拠の書類を孤児院から取り寄せ、父に渡したのです」
噂を信じて愚かにも港を制限したことを非難するために持っていった書類。
タシアはそれをノーホスへと突きつけたのだ。
「ご子息はどうして孤児院にいらしたのか、お聞きしても?」
「父の死に関係のあることなのですか?」
「さぁ、それは分かりません」
分からないけれども、知らないでいるよりかは知っているほうが、事件になんらかの関わりがあったときに役に立つ情報となる。
実に私情的なことなので口にすることを躊躇うタシアだったが、だが事件を探っている者に否を示すのは不要な疑いを抱かせることだと納得し、仕方なさげに口を開く。
「事故です。あの子は両親と共に旅客船に乗っている時に事故に遭ったそうです。両親は亡くなり、それで孤児院に……」
先の言葉は続くことなくタシアは視線を伏せる。
クリスティアもそれ以上は聞かずに、話しを戻す。
「男爵はその書類を見てなんと?」
「港の利用制限を一部解除すると。全てを元に戻すには書類の真偽を確かめてからだとおっしゃいましたわ」
これほどまでにない証拠を見せたというのにこの上でまだ疑うのかと、タシアは怒りと同時に呆れたのを覚えている。
だがそれも子を想う父の心情だと、そうであるはずだと、感情を押さえて理解を示した。
「なので制限を一部解除なさるのでしたら明日、お祝いに来る夫に説明だけはしてくださいと強くお願いをいたしました。改めての謝罪は……書類を確認してからでも問題ないと。こんなことになるのならばもう少し、気を遣った言い方をすれば良かったと後悔しております」
本当に後悔している。
部屋から出る前にノーホスへと、最終的には自分達家族に謝罪をすることになるのだと冷たく言い放ち勢いよく書斎の扉を閉めたことを……タシアは心から悔やんでいた。




