ロンドの証言③
「事件当日やそれ以前にディゴリア男爵が誰かと揉めている姿を見たり、聞いたりというのはございませんでしたか?例えばご家族の仲とかは……いかがでしたでしょうか?」
「比較的、家族仲は悪いほうではなかったですよ。父は偏屈でしたが、まぁ私達は慣れていましたし。ただ……姉の夫であるアロン・エニコディオくんとは少し問題があったようです」
「まぁ、そうなのですか?」
「えぇ。アロンくんは裕福な商家の出ですが爵位がありません。父は元々、姉にはそれなりの地位の者と結婚し貴族同士の繋がりを広げることを期待していました。なのでああいう結果になり、酷く残念がっていましてね。いまだに二人の仲をお認めにはなってはいないのです」
「爵位が問題なのでしたら、エニコディオ夫人が男爵位を継ぐという選択肢はなかったのでしょうか?」
「ハッ!馬鹿なことを!父は歴史を重んじる貴族ですぞ!長男を差し置いて他の者に爵位を譲るなど!あり得んことです!しかも姓を変えた姉に爵位を譲るなど考えられん!」
ムッとした様子でロンドが声を荒げる。
クリスティアにそんなつもりはなかったのだが、自分が爵位を引き継ぐに値しない人物だと言われた気でもしたのか。
その激昂には誰かに対する劣等感があるように感じられた。
その相手はノーホスなのか姉なのかは、ロンドにしか分からない。
「それに姉夫婦は子供の噂のこともあり。父は最近殊更に、アロンくんのことを嫌っていました」
「ご子息のですか?」
「えぇ、あの子は養子なんです。姉が何処かの孤児院から引き取って来たという話しなんですが……父はアロンくんの浮気相手の子だと疑っていたんです。あの子は本当にアロンくん良く似てるんですよ、それはもう疑いたくなるくらいにね」
それはノーホスがというよりかは、ロンドが一番に疑っているような口振りだ。
「事実としてアロンくんが経営する商会はうちの港を優先的に利用出来るように融通を利かせていたのですが……その噂を父が知るやいなや港の利用を禁止したのです。アロンくんからの明確な説明があるまで使わせないとね。二人は随分と揉めていましたよ」
商売をしている者としては商品の荷入れに使用する港の使用を禁止されるのは痛手あったであろう。
交通の便も良い男爵領は荷物を輸送するのにも重宝していたはずだ。
それは、商会で働く関係のない従業員達に迷惑の掛かる行いだとしても、荷入れをしている他の商人達の不安を煽り信用を無くすような行いであったとしても。
噂に対してのノーホスの怒りは強かったことが窺える。
「エニコディオ様はとても困ったことになったのではないのでしょうか?」
「えぇ、まぁ……ですがアロンくんは最終的にはうちに荷入れをしない別の方法を考えたようで……結局彼が養子のことを父にきちんとした説明をしたのかは知りませんが、わざわざ他の方法を考えるくらいです。それが事実だと言っているようだと思いませんか?」
ノーホスとアロンが揉めていることを小気味良さげに語るロンドは、結果としてアロンの商売の痛手にはならなかったことは残念がっているようだった。
別の方法ですぐに対応したアロンは、商人として優秀だったのだ。
ロンドは気に食わなげに、アロンに対する批判的な意見しか口にしないので、クリスティアは話しを変える。
この場は今、優秀な義兄に対する嫉妬と愚痴を聞く場ではないのだから。
「そうなのですね。では次女であるアーク様と男爵の仲はいかがでしたか?」
「アークはなんというか……目の上の瘤みたいな子です。自由というか自堕落というか……人の言うことを全く聞かない子で。あの子が父の言うことを聞いたのは結婚のことだけでした。とはいえ離婚をして戻ってきたので結局父は、あの子に裏切られ続けてきましたよ。あそこに関してはドロシアが一番の被害者です」
「それは何故?」
「誰だって嫌でしょう。精神的に不安定で感情的な母親なんて……離婚のときも親権について随分と揉めたようですが、ドロシアがアークを見捨てることは出来ないといって結局付いてきてしまって……父親に付いていっていれば、もう少しましな人生を送れていただろうに。本当に可哀想な子だ」
ロンドの眉間に皺が深く寄ったのは、兄妹としてアークには多くの苦労を掛けさせられてきたからだ。
そして妹に対して殊更同情的なのは、兄というものの性質なのかもしれない。
「ではパーティーでのロンド卿の席はどちらになられましたか?」
「こちらです、父の近くで。食堂には私と妻が一番乗りでしたよ」
ヘンディングスが差し出したタブレットを見て、自身がパーティーの日に座っていた席をロンドは指差す。
入り口から見て右側奥、中央のノーホスから近い席にロンドは座っていた。
サービスワゴンに入ったワインボトルは、ロンドの席の近くにある。




