ロンドの証言②
「首都へはいつ頃いらしたのでしょうか?」
「2日ばかり前です。父の誕生日を祝うために列車に乗り、領地から来ました」
頭に掠めたノーホスの厳然たる低く咎める声を思い出しながら、いい歳して父親に怒られた恥ずかしさからか、はたまた事件の関与を疑われないようになのか、事実を口にはせずに次いで問われたことをロンドは答える。
男爵領から首都までは馬車で3日掛かるが、列車だと半日で到着する。
地理的に交通の便が良い領地なので他の領地より移動に不便がなく、栄えているのだ。
「首都に来られてからはずっとこちらの邸に滞在を?」
「勿論、我が家ですから」
自分がこの邸の主であるかのようロンドは両手を広げてみせる。
ロンドの口振りや態度からして男爵が亡くなった今、彼に爵位の第一継承権があるのだろう。
では何故、継承に関して言葉を濁したのか。
「事件が起きた日のロンド卿の行動を詳しくお聞かせ願えますでしょうか?」
「詳しくと言われましてもね。警察にも散々説明もしましたけれど、なんら変わったことなどありませんでしたよ。朝、起きて身支度をして朝食を取りながら日課である新聞を読んでから、妻と庭の散策しました。使用人が少ないからか、すっかり荒れてしまっている庭を見て残念だという話しをしながらね。昼頃には散策を終えて食事をし、その後書斎にいた父と少し話をしました」
「どのようなお話しをされたのですか?」
「別に普通ですよ。庭が荒れているから使用人を増やす気はないのかという世間話や、父も歳を取っていくばかりですから体の心配もあるだろうから私達が首都へと戻る話もしました。妻は庭いじりが好きですし、私達が戻れば新しい使用人を雇う必要も無いですからね」
丁度そのとき、扉からノックの音が響き、一人の中年の女性がサービスワゴンを押しながら入ってくる。
ブロンドの髪を頭上で一つに纏めた意志の強そうな吊り目で、皆が座るソファーへと黒い細身のワンピースの裾を揺らしながら近寄ってくる。
「お飲み物をお持ちいたしましたロンド様」
「あぁ、ミダ夫人。そこに置いておいてくれ」
「畏まりました」
「すいませんね、式典の間中は薬が飲めなくて。こういったものは習慣づけないとすぐに飲んだか飲んでないか分からなくなるもんですから」
「構いませんわ」
サービスワゴンの上では水差しと透明のグラス、そして紅茶のポットとティーカップが置かれている。
ミダはまず水差しの水をグラスに入れると、ロンドの前の机へと置く。
ロンドは胸ポケットから薬包紙を取り出すとそれを開き、中の粉を口に入れると渋い顔をして、水で一気に喉の奥へと流す。
「歳を取ると色々とガタがきて嫌なもんですよ。この間もこの苦い薬を飲み忘れていたみたいで。忘れっぽいのでちゃんと飲んだか数を数えるために紙を捨てないで取っておいているんですが、飲まないといけない数と残った紙とかしばしば合わないことがあって、妻によく小言を言われてしまいます」
ははっと笑うロンドは空の薬包紙を胸ポケットへと再び仕舞うと、今度はミダ夫人が入れた紅茶を手に取り、甘く香るそれを一口、二口、飲み込み満足そうな表情を浮かべる。
どうやらロンド好みの紅茶らしい。
クリスティア達にも作るべきかとミダは一度、紫色の瞳の視線を机へと向けるが、二人の前には既にルーシーが準備した紅茶が置かれていたので準備はせずに、水の入れられたグラスだけを静かに片付ける。
「あぁそれと、シークの婚約が決まりそうだという話しもしました。レビングス子爵家の末のご令嬢でね。首都で知り合ったらしくて、フラフラしていた子が漸く身を固める決心をしたことに、父も喜んでいましたよ」
「えっ!?レビングス子爵家ですか!?」
「えぇ、ご存じなんですか?」
「いえ……知りません」
驚いたようなヘンディングスの声にビクリとミダ夫人の肩が跳ねる。
だがすぐに平然とし、退出をするためにサービスワゴンの上を少し片付けると、頭を垂れて部屋を出て行く。
驚いたような声を上げたわりに、ヘンディングスは微妙な表情を浮かべながらも頭を左右に振るので、クリスティアは話しを続ける。
「ディゴリア男爵はロンド卿が戻ることについてはなんと?」
「そりゃ、父も年が年ですから……そういったことは全て考えていると。私が戻ることについても前向きな検討をいただいていましたよ。それをもっと早くに決断していれば、こういったことは避けられたのでしょう」
若い女に熱を上げた結果がこれだ。
カップの残りの紅茶を飲み干し、ロンドは憤ったように歯を噛み締める。
自分が爵位を継ぐことが決まっているのだから必ずここに戻ってくることになるのだと、ロンドはノーホスが死ぬまで疑っていなかった。
だが実際は、ノーホスはロンドの話しを聞き流しているだけだったのだと……あの、遺言書の開示の場でロンドはそれを思い知ったことを思い出し、ギリっと歯を鳴らす。




