シークの証言①
「ヘイスティングス、邪魔をなさるのならば外で待っていてくださって構いませんわ」
「ヘンディングスです。大人しくしていますから此処に居させてくださいクリスティー」
シークに煽られ、一触即発……とはいかず、クリスティアから待てを命じられると従順に従うヘンディングスは、乗り出していた身を慌てて下げる。
「シーク様はこちらに戻ってきてからは真っ直ぐに食堂へ?」
「えぇ」
「そのとき、なにかお気付きになられたことはございませんか?」
「さぁ、ミダ夫人が忙しく食堂と厨房を行き来していただけで……特に気付くようなことなどなかったように思います」
「ミダ夫人とは?」
「あぁ、ハウスキーパーですよ。とはいえ、うちの女性使用人は彼女だけなので……彼女は一人でなんでもこなしています」
多くの使用人達を雇っているわけではなく、執事は執事の仕事を、コックはコックの仕事を、ハウスキーパーとして雇われたはずのメイドは……いつの間にかオールワークスに仕事をこなしていた。
「では、食卓に着かれてからはなにか変わったことはございませんでしたか?」
「祖父が死ぬ以外は変わったことなどはありませんでしたよ。上辺だけ繕われた愉快な誕生日パーティーでした」
「上辺だけ……とは?」
「ははっ、これから他の人達の話しを聞けば……知ることになりますよ」
機嫌の良さげなシークは、多くを語ることはしないがそれはそれは自信ありげに、きっと愉快な話が聞けることだろうと口角を上げる。
「では、シーク様のお隣にはどなたがお座りになられていましたか?」
「ドロシアが座ってました。出戻ってきた叔母の娘です。彼女の向かい側にあの女が座っていて、色々と子供達の世話を焼いて……あぁ、そういえば俺が帰ってきたときにドクが廊下を歩いていました」
「ドクとは?」
「長女夫婦であるエニコディオ夫妻の息子で……まだ子供だから飽きたのか、厨房の方から食堂へと歩いていましたよ。奥には手洗い場があるのでもしかするとそっちに行っていたのかもしれません」
「そうなのですね。アーテになにか怪しい行動はございましたか?」
「さぁ、俺がパーティーに参加してすぐに事件が起きましたし……あの女はずっと椅子に座っていました」
「では、男爵がお倒れになったときあなたはどちらに?」
「皆が祖父に駆け寄っていたように、俺も駆け寄りました。一体何が起きたんだ!ってね」
「ご病気でお倒れになられたと思われましたか?」
「全く。祖父は健康だけが取り柄でしたから、俺を怒鳴る声もそれはそれは元気なものでしたし……ここ何年も医者に掛かったという話しは聞いていません。それに有力な殺人鬼候補が、パーティーにはいましたから」
コンスチン博士の話ではノーホスは病気を患っていたという診断だったのだが……どうやらシークは病気のことを知らなかったようなので、ノーホスが飲み物を飲んで倒れたというそれは異常な状況に思えたらしい。
だからこそ、疑惑のあるアーテに疑いの眼差しを向けたのだ。
「畏まりました。またなにかお伺いすることがあるかもしれません、そのときはどうぞよろしくお願いいたします」
「勿論、構いませんよ。それと取り調べが行いやすいように、居間に皆を集めておきましょう」
「まぁ、それはとても助かります。感謝いたしますわシーク様」
「いいえ、お役に立てるのでしたら光栄です」
軽薄に、クリスティアへと近寄るとその手を持ち上げて敬意を表すように唇を落とす。
一々、手の甲に唇を落とさないといけないのかと、その軽薄さにヘンディングスは嫌そうな顔をする。
「では式典が終わり次第、皆様からのお話しをごゆっくりとお聞きいたしましょう。ご案内をお願いね、ヘイスティングス?」
「僕がですか!?というかヘンディングスですってクリスティー!」
いい加減、このやり取りも面倒になってきた!
覚える気のない、というか覚えていたとしても言う気のない名前の訂正を繰り返しながら、アーテのためにその命令を了承するしかないヘンディングス。
しめやかに行われている追悼式典の会場からはとうとう、客人達の足音も声も聞こえなくなっていた。
クリスティアが事件へと関わることを宣言したので誰もが献花を終えると早々に帰路に着いているのだ。
なにも言わずしても皆がクリスティアの持つ地位を理解して相応の対応をする、これこそがまさに特権。
そしてそう時間を待つことなく。
次なる証言者、ロンド・ディゴリアがヘンディングスの案内の元、クリスティアが待つ客間へと入って来るのだった。




