悲劇の食堂
クリスティアの登場で止まっていた追悼式典が再開された。
悲しみを誘うレコードの音楽と芳しい花の香り。
クリスティア達は早々に献花を終わらせると、式典の邪魔にならないように事件現場となった食堂へと来ていた。
対人警察には事前に中に入れるように許可は得ている。
「何処までそのままなのでしょうか?」
食堂までの案内を買って出たのはシークだった。
食堂を見て回るクリスティアを入り口の壁に凭れて視線で追いながらシークは答える。
「警察の方々がサンプルを取った食事類は流石に下げてますよ。腐るだけですから。あとはほぼ、そのままですね」
割れたグラスの破片にカーペットの染み、倒れた椅子に乱れたテーブルクロス。
そして遺体が転がっていた場所を示す対人警察が残した白いテープの跡。
場を見ただけでも騒然とした混乱が訪れたことが窺える。
「そうなのですね。ではルーシー、アリアドネさん、準備を」
「はい、クリスティー様」
「了解!」
持っていた鞄からテニスボールほどの球体をルーシーが4つ取り出すと、アリアドネへと2つ差し出す。
受け取ったアリアドネはそれを食堂の左側の四隅の二カ所へと、残りはルーシーが右側の四隅の二カ所へと置く。
「ミサは準備が整ったら映像を出してくださる?」
「畏まりました!」
球体が置かれたのを確認して、クリスティアが自身の魔法道具であるミサに声を掛ける。
クリスティアから飛び出てきたミサは食堂の真ん中、食卓の上で敬礼をしてこめかみに人差し指を当てると、うんうんと呻り始める。
そのうんうんと呻る声に反応するように、四隅の球体が浮かび上がり光る。
それは特別製の魔法道具。
記録した映像(それが平面であろうとも)を立体のホログラムとして映し出す、そんな魔法道具だ。
今回は対人警察署で見た事件当日の現場写真を録画して、このホログラムが映し出している。
対人警察署で現場写真を見たあの日、クリスティアが珍しく眼鏡の装いをしていたのは
その眼鏡に録画機能があったからだ。
事件の現場写真は持ち出しが厳禁であることは分かっていることだから、初めから盗み取るつもりだったのだ。
タブレットの持ち出しは厳禁だと言われたが中身を持ち出すなとは言われていない。
ただの屁理屈だしニールが知れば、相当にお冠になるだろう。
「へぇ……これは凄い魔法道具ですね。特権とは素晴らしい」
「知り合いに特別に作っていただいたのです。お褒めに与り光栄ですわ」
ランポール公爵家のご令嬢のコネクション。
ロンドが惹かれるだけあると興味深げにシークが横たわるノーホスのフォログラムに近寄ると、触れる。
当たり前だが手はすり抜ける。
「男爵のお亡くなりになった現場ですけれども、ご気分を害しておりません?」
「いや、思ってるより平気ですよ。あのときの混乱に比べれば……映像はあくまで映像ですし」
食堂は今まさに、事件当日の様相であるのだが、シークは本当になんてことないようにあっけらかんとしている。
そのあまりにも情の無い声色に、現場を見ていたクリスティアの視線はシークへと向かう。
「いずれ知られることでしょうから先に白状しておきますよ。俺と祖父はそれほど仲が良いわけではありませんでした」
「そうなのですか?」
「えぇ、丁度良い。この部屋の捜索が終わったら俺が最初にあなたの聴取を受けましょう。それか聞きたいことがあれば今、お答えしますよ」
「まぁ、感謝いたします」
なにもやましいことはないのだからなにも問題はないと、礼儀正しくクリスティに服従するかのように頭を垂れるシークに、クリスティアは承知したというように頷きお礼を口にする。
「ではまずは誕生日パーティーに参加されていた方々をお教えいただけますか?」
「先程ご挨拶をしたうちの両親と父の姉であるタシア・エニコディオとその夫のアロン・エニコディオと子供であるドク、そして妹であるアーク叔母さんとその子供のドロシア、家族は全員参加していました。で、あとは祖父の友人である捕まったあの女です」
「使用人は?」
「通いで執事のルアゴとコックのモーリス、それとミダというメイドが一人います。三人はパーティーの日にもいました。祖父はつい最近まで一人で暮らしていましたからね、使用人を多くは雇ってはいませんでした」
「つい最近、ということは今は違っているのですか?」
「今はアーク叔母さんとドロシアが一緒に住んでいますよ。所謂、出戻りです」
「そうですか。長兄であるロンド卿や他のご家族の方は、男爵とご一緒にお住まいではなかったのですか?」
「ははっ。えぇ……祖父は一人が好きな人でしたから。だから使用人達も皆、通いなのです。アーク叔母さんが出戻ったときも祖父は渋々受け入れていましたよ。薄情なんです」
ふむっと頷いたクリスティアは薄暗い食堂を改めて見回す。
あの日はもっとこの部屋は明るかったはず。
煌びやかなシャンデリアの明かりが灯り、食卓の蝋燭には炎が揺らめいて、長い食卓の上には、祝いに相応しい料理が並んでいた。
ノーホスから見て左隣に置かれたサービスワゴンの上にはアーテが贈ったワインボトル。
ただ一人、毒殺を企てた殺人犯人以外は誰もこの後に死が訪れるとは思ってもいなかった完璧な祝いの席。
「男爵はワインをお飲みになられてすぐお倒れになられたのでしょうか?」
「えぇ、そうだったように思います。丁度、乾杯をしたんです。祝いの品を持ってきたあの女に感謝をと言って……」
床で割れたグラスには然程中身が入っていなかったのか、染みはそれほど広く、広がってはいない。
ノーホスはグラスに入れられたワインをほぼ一気に飲み干したに違いない。
疑いもせずに。
片膝をついて割れたグラスの欠片を見ながらまるで探偵気取りのヘンディングスが問う。
「あの、乾杯をするなら普通、全員に同じ物を配りますよね?他にワインを飲んだ人はいなかったんですか?」
「いたらそいつも死んでいるさ。なんでか知らないが祖父は誰にもワインを飲ませなかったんだ。これは自分のための特別なワインだと言ってね」
ヘンディングスの問いにシークは呆れたように答える。
それはそうだ、ボトルの中には毒物が入っていたのだから、飲んでいたらノーホスの二の舞になってしまう。
ノーホス以外は誰も毒で倒れていない当たり前の事実をただ聞いただけのヘンディングスは、到底なれそうにもない探偵役に肩を落とす。
「分かりましたわ。ありがとうございますシーク様」
「なにか怪しむ点でもありましたか?」
「いいえ、なにも。なにもない完璧な毒殺の現場だというだけです」
頭を振るクリスティアに残念だというようにシークは肩を竦ませる。
所詮はこの程度なのだと。
きっと彼女の功績とされる多くの噂は噂でしかなく、たまたま事件に関わり合ったことで世間が面白可笑しく取り立てたから得られることのできた副産物のようなものなのだと。
それほど信憑性のない噂なのだとシークは思ったのだ。




