追悼式典③
「実はこの度、わたくしはアーテの代理人として、彼女の無実を証明するためにこちらへと参ったのです」
浮かべた微笑みを崩さずに告げられた宣戦布告。
話に聞き耳を立てていた客人達はクリスティアの言葉にざわめき立ち、記者達のペンは更に慌ただしく、手帳を走る。
「ご息女!なんという!ご自分がなにをおっしゃられているのかお分かりなのですか!?」
「十分に承知していることですわロンド卿」
記者達の色めきを感じ、慌てたように憤慨した声を荒げるロンド。
それがどういった意味を持つのか、知らずに口に出すほどクリスティアは愚かではない。
なので悪びれもせず、続ける。
「対人警察に犯罪を暴く能力がなかったというのならば、アーテの事件に関わったことのあるわたくしにも同じように犯罪を暴く能力がなかったのか……大変に気になるのですロンド卿。それに男爵とて、愛した女性に本当に殺害されたのか……知りたいと思っておられるはずですわ」
そうではなくって?と緋色の瞳を細めて問うクリスティアにロンドが言葉を詰まらせたのは、自身の軽率な発言を快く思われていないことを理解したからだ。
ここで漸く、彼女の親族が対人警察組織に属していることを思い出す。
「本日は亡くなられた男爵に哀悼を表すると共に事件の謎を解きに参ったのです。アーテは無実を訴えております」
「なんと白々しい!ご息女もそのような妄言に騙されるなど言語道断ですぞ!」
「妄言かどうかは調べてみなければれば分からないことです。それにもし彼女が事実、罪を犯しているのならば……わたくしは必ずその罪を暴き彼女を男爵の元へと送ることになるのです。アーテには爵位がございません。それがどういった意味を持つのか……爵位を持つご家庭に生まれたのであればお分かりになられることでしょう?」
平民が貴族を害することは重大な犯罪として扱われる。
罪が認められれば情状の酌量無く、即刻結審の断頭台が待っている。
とはいえ今の時代、ギロチン刑は廃止されているし犯罪者の人権にも配慮を求められているので、形だけの裁判が開かれるには開かれるのだが……極刑を求刑されることに変わりは無い。
首と胴体は繋がったままであったとしても結末は同じ、死刑である。
元々世間から疑いを持たれているアーテならば、市民感情も手伝って情状酌量の余地もないだろう。
「本日はあの日、あの事件の場に参加されていた皆様がお揃いになられている場ですので、是非ともお話しをお伺いしたいと思っております。ご協力いただけますね?」
否と言える者は今、この場には誰一人として存在しない。
相手は公爵家のご令嬢、そしてその隣には黙認している王太子殿下。
否はイコール、社交界からの締め出しを意味している。
絶対的な権力を有する少女。
なんという少女に目を付けられてしまったのか!
ロンドは唇を噛み締める。
「あははっ!これは面白い!いいじゃないですか父さん協力しましょうよ!もしかすると確実にあの女の罪を暴くことになるかもしれませんよ!」
シークが唐突に、面白げに上げた大きな笑い声にビクリと肩を震わせたロンドは彼を睨みつける。
アーテはまだ被疑者だ、対人警察が何処まで証拠を掴んでいるのか分からないが、彼女が無実を訴えている今、これまでのことを考えれば起訴にまで持ち込めるかは怪しいのかもしれない。
もし万が一、証拠不十分で釈放なんてことになれば……ノーホスの財産は遺言書通りにあの女のモノとなってしまう。
そうなれば私達はどうなってしまうのか……。
小さいミスをしただけで男爵領に追いやられ、ようやく首都の社交界に復帰できそうだというのに……。
本当に、この少女が事件を解決に導けるのか……些かの疑問を抱きながらもロンドはクリスティアを見つめる。
彼はアーテが罪を犯したのだと信じて疑わない。
「この事件が終われば、わたくし達の関係はとても親しいものになると。そう信じておりますわロンド卿」
ロンドの視線を感じでニッコリと笑んだクリスティアのその一言に、ロンドの眉がピクリと動く。
考えればこの少女を好きにさせることで、一度失った社交界での信頼を簡単に取り戻すことができるかもしれない。
例え不愉快であったとしても相手は公爵家のご令嬢、どうせ拒否は出来ないのだから上手く利用してやるほうが都合が良いのでは。
そう考えたロンドは喉をゴクリと鳴らしてニヤリと口角を上げる。
「分かりました……ですがお話しはこの式典が終わってからにしてください」
「勿論です」
なにかを思案して頷いたロンドの様子を緋色の瞳がじっと見つめている。
もしこれでアーテの無実を確実に証明してしまったら……なんてことは考えていない、ただクリスティアという少女の持つコネクションに惹かれて軽率にも了承してしまった男の愚かさをただじっと。
この事件の捜査が終わったとしてもクリスティアという少女からはなにも得られるものはないとは知らずに……。
そのことを理解している隣のユーリだけはロンドを憐れみ、肩を竦めるのだった。




