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追悼への招待状②

「ではこれから、どうするつもりだ?」

「どうにかして男爵家へと潜入して事件のことを調べるしかないと思っております。お遊びではなくきちんとした捜査であることを理解していただくためにアーテの代理人であることもお伝えしなければ……犯人だと疑っている者の代理人ですからご家族は警戒なさるでしょうが、仕方がございませんわ。ご理解して、わたくしの捜査にご協力してくださいますでしょう」

「……そうだろうな」


 公爵令嬢であり王太子殿下の婚約者。

 貴族であればひれ伏す存在。

 多少の非難はあれど邪魔をする者はこのラビュリントス王国には誰一人として居ないことに、ユーリは本日何度目か分からない溜息を吐く。


「ならば、これは丁度良い会場へのチケットと宣戦布告の場になるだろう」


 ユーリがそう言うと胸ポケットから出して見せたのはディゴリア男爵家の印章の押された手紙。

 このタイミングで王家へと手紙を送られた理由は大体察せられる。


 ノーホス・ディコリア男爵の追悼式典が決まったのだ。


「まぁ、殿下。どうしてそれをお持ちなのでしょう?」

「王国の貴族であるならば王家へと送ってくるのが礼儀であろう。それに男爵は陛下との親交も厚くてな。彼らの領地は南への主要な交易の場だから付き合いが深くあったのだ。この式典で爵位の引き継ぎの件を相談出来ればと思っているのだが……実は男爵が亡くなってから遺言書の開示をしたらしいのだが、色々と理由を付けてその内容を秘匿しているのだ」

「それは……随分と内容が気になりますわね」


 隠すと言うことはその遺言書にはきっと男爵家の家族にとって不都合なことが書かれているのだ。

 それが一体なんなのか……調べるためにも必要な式典への招待状を欲しがるように手を差し出すクリスティアだが、ユーリが渡さないというように招待状を持つ手を後ろへと下げる。


「王室へと送られてきた招待状だ、私の同伴だぞ。分かっているだろうなクリスティア?」

「勿論、承知しておりますわ」

「えっ!?ぼ、僕は?僕は一緒に行けないのかいクリスティー?」


 てっきり身分に託けて無理矢理にでも男爵家へと入り込むであろうクリスティアに便乗して、自分も潜り込もうと思っていたヘンディングスだったのだが……。

 招待状という正規の手段を執られると、参加権限のない者の参加がより一層難しくなってしまう。


 自分がアーテを助ける最も勇敢なる騎士になるはずなのに!


 目論見が外れてしまい慌てるヘンディングスに、クリスティアは小首を傾げる。

 クリスティアにとって灰色の脳細胞が働かない相手、ヘンディングスが居ても居なくてもどちらでもいいのだ。


「付いてきたいのでしたらそうですわね……あなたは殿下の従者としてご一緒なされば良いのでは?」

「えぇ!?」

「私の従者はもっと優秀で、分をわきまえている」

「僕だって嫌ですよ」

「ご不満であればお留守番をなさっていてください。このまま同じ客室を使ってくださって構いませんわ」

「ちょっと待て!まさかヘンディングスはランポール邸に泊まっているのか?自宅へ戻れば良いだろう!」

「あら、ですがヘイスティングスのご実家は今、ご長男夫婦の夫人がご出産を控えているはずですわ。お忙しいところに彼を帰すのは少し差し障りがあるかと」

「ヘンディングスですクリスティー。そうですよユーリ殿下。僕の義姉は出産間近です。僕のような浮薄者が脳天気な顔をして帰れば両親からの説教が待っていることでしょう。可哀想に義姉はうちの母親の金切り声を毎日聞くことになるのです。胎教にはすこぶる良くないことでしょう、気を悪くして家を出て行くかもしれません。僕の帰宅により家族の崩壊が待っているのです」


 自分がそれだけ家族に心配をかけていると分かっているのならばいい加減その無責任な態度を改めたらいいものを……。

 泳いでいないと死ぬ魚のように、恋をしていなければ死んでしまうヘンディングスという厄介な男にユーリは苛立つ。


「それに僕は昨日からランポール邸へ泊まっているので、それが一日二日伸びようと今更ですよ」


 ふふんっと胸を張り勝ち誇ったようなヘンディングスだが、独身男性として婚約者のいる女性の邸に泊まることなど一切誇ることではない。

 自宅に帰るのが難しいのであればホテルにでも泊まれば良いことだ。


 その勝ち誇った顔に眉間の皺が更に深くなるユーリだったが、安心して欲しい。

 その苛立ちはクリスティアの義弟であるエル・ランポールも同じなようで。

 ヘンディングスはエルと顔を見合わせる度にトゲトゲとした嫌味を口から吐き出され、不必要な雑用を押しつけられるという、なかなかに酷い扱いを受けているのだ。

 エルにとってもヘンディングスは邪魔者である。


「あぁ、そうか。なら分かった。だが私の従者ならばそれなりの礼儀というものを身に付けてもらわなければな」


 そっちがそのつもりならばこっちもそれ相応の態度というものを取らせてもらおう。

 売られた喧嘩に額に青筋を浮かべてフッと口角を上げたユーリの不穏な気配に、ヘンディングスの肩がビクリと震える。


「えっ?」

「ヘンディングスは今日から私が預かろう。式典まで三日間あるからな、王宮でみっちりと礼儀作法を習ってもらい何処に出しても恥ずかしくない立派な従者になってもらおうじゃないか。構わないだろうクリスティア?」

「えぇ!?」

「それは勿論。わたくしは構いませんわ」

「ま、待ってください!僕の意思は……!」

「礼儀作法を身に付けておいて損はありませんわ。それに礼儀正しくなったあなたを見ればご家族もきっとお喜びになることでしょう」


 いや、そりゃフラフラと遊び歩いて恋愛にうつつを抜かすよりかは王宮に入り、礼儀作法を学んでいると知れば大いに喜ぶだろうけれど。


 引き留めはしないクリスティアと満足げなユーリを見て、これは女神を救うための代償だと諦めるしかないヘンディングスは、喧嘩を売る相手を間違えてしまったと渋々、頷くしかなかった。

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