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追悼への招待状①

「ねぇ、本当に依頼を受けるの?」


 帰りの馬車の中。

 今日一日中メイドとして、色々と付いて回り疲れたのか不服そうに下唇を突き出したアリアドネが向かい側に座るクリスティアへと最終確認のように問う。


 対人警察の話、検屍官の話、そしてこの数日、ラビュリントス王国の主要な新聞各紙が取り上げる事件の内容。

 とはいえ新聞は事件の話というより事件を引き合いにアーテの5名の夫達の疑わしい死を改めて取り沙汰しているのだが。

 アリアドネが見聞きしただけでもアーテという女性はまさに悪女であり、夫を死に追いやる悪妻であるように感じられた。

 もし今回の事件では無実であったとしても……正直、閉じ込めておいたほうがいいのではないかと思う。

 そんなアリアドネの不審感を感じ取ったのか、クリスティアの隣に座るヘンディングスが不愉快そうに顔を顰める。


「なにが不満なんですか?憐れな女神を救う崇高な使命、いわば僕達はアーテの神聖なる騎士団なのですよ」

「何処が女神よ、誰が見ても真っ黒くろすけな悪魔じゃない。彼女の旦那が何人死んでると思ってるの?」

「あぁ!可哀想に!世間が面白可笑しく掻き立てる偽りの脚本に騙されるだなんて!君のその大きな目は節穴なんでしょう!いいですか、アーテの5名の夫の死は全て自殺です!警察発表もされた紛れもない事実です!優しい彼女はたまたま偶然に、弱い心を持つ夫と結ばれてしまっただけなんです!」

「そんな偶然あるわけないでしょう!あんたの目こそ恋に盲目で節穴だらけじゃない!」

「なんだと!?クリスティーだって彼女の事件を調べて自殺だって結論づけたんだからな!」

「それは!たまたま!たまたま調べた事件だけ自殺だったんでしょ!」

「ハッ!クリスティーだったら事件の全てを調べるに決まっているだろう!」


 どうやら二人の気は合わないらしい。

 わあわあがやがやと馬車の中で言い争う二人の喧しい声を窓の外を見るクリスティアは気にした様子はないが、アリアドネの隣に座るルーシーはどんどんと表情を険しくしていく。


「騒がしいです!黙りなさい!」


 そしてとうとう痺れを切らしたルーシーが一番に大きな声を出して二人の言い争いを止める。

 馬車内から響く怒鳴り声に御者がビクリと肩を震わせる。

 そしてしんっと静まり返る。


 ルーシーの殺気から俯き縮こまり、逃れようとするアリアドネとヘンディングス。

 二人にとって息が詰まりそうな道中が暫く続くと、馬車は公爵邸へと静かに到着する。

 てっきり執事辺りが迎えに出ていると思っていたのだが、そこには何故か眉間に深く皺を寄せたユーリが手を差し出して待っていた。


「まぁ、殿下。お会いする約束をしていたかしら?ご機嫌は……お悪いようですわね」

「会う約束はしていないし、ご機嫌はすこぶる悪い」


 そう言って馬車から降りてきたクリスティアの手を取ると後ろのヘンディングスを睨みつけるユーリ。

 その眼差しには有り有りと、余計な事件にクリスティアを関わらせているのだろうという責めた鋭さを含ませいて……ヘンディングスはその視線から逃れようとルーシーとアリアドネの後ろに隠れるようにして小さく身を縮こませる。


「何処かの不届き者が私の婚約者に余計な話を持ち込み、何処かの誰かが変装らしい変装もせずに今巷を賑わせる容疑者に会いに行ったのだと聞いてな。そうだろうヘンディングス?クリスティア?」

「あはは、ユーリ殿下。お久し振りです、お元気でしたか?」

「まぁ、わたくしだとバレてしまいまして?」


 だが縮こまっていたところで隠れきれてはおらず、明確に非難を込めた声音で名を呼ばれれば観念するしかなく。

 ヘンディングスはひょっこりと顔を覗かせる。


 そのヘラヘラとした笑みに更に深く、ふかーーくユーリの眉間に皺が寄る。

 というか眼鏡を掛けているだけのクリスティアは自身の姿を隠すつもりが全然なさ過ぎて……最早ユーリは怒る気にもなれない。


「あぁ、久しいな。君が帰ってくるまでは元気であったんだが……東部で食堂の娘に随分と熱を上げてご両親を困らせているという話を聞いていたのだが、いつ戻ってきたのだ?」

「やだな、彼女との運命的な恋の話しはもう半年も前に過ぎたことですよ。僕を振った彼女は今頃、誠実な農家の次男坊との幸せな新婚旅行中です。それにこの一ヶ月前から僕の女神は別の女性です」

「お前の女神は一体、何人居るんだ」


 半年前には食堂の娘、三ヶ月前には恋愛詐欺、そして今回、一ヶ月前からはアーテがヘンディングスの女神である。

 そのフラフラと浮き草のように流れて、飽きもせずに恋に落ちる様に呆れた様子のユーリだが、それがヘンディングスという男。

 昔から変わらない惚れっぽさになにを言っても無駄だと、はぁーーと溜息を吐く。


「それで、クリスティア。もしかしなくとも、もう依頼を受けたのか?」

「えぇ、殿下。友人からの切実なる願いですから。お断りするほどわたくしは薄情ではございません。それよりもこのまま立ち話を続けても疲れるだけですわ」


 もう既に遅く、クリスティアは事件解決に乗り出しているのだ。

 本当に余計なことをしてくれたものだと、ユーリがクリスティアとヘンディングスとの友情を今すぐにでも切り刻んで捨ててしまえと命じたい気持ちに駆られていれば、穏やかに、優しく、邸へと入りましょうとエスコートを乞うようにクリスティアに腕を絡められ、ユーリは渋々、ランポール邸の客間へと移動する。


「で?一体何所まで話が進んでいるんだ?」


 事件の経緯はこれだけ世間を賑わせているのでユーリでさえ知っている。

 客間の中央にあるソファーに座ったユーリの向かい側にはクリスティアが、その隣にはヘンディングスが座る。

 いつでもクリスティアという盾を行使するつもりなのが目に見えている位置に座るヘンディングスに、それが更に気に入らず、ユーリの眉間にはずっと皺が寄っている。


「先程、アーテに会いに行きました。本人は無実だと主張しておりましたわ。ニール達に事件現場の写真を見せていただきましたが、継続中の事件ですので詳しいことはお教えいただけませんでした。それとたまたま監察医のコンスチン博士にお会いいたしましたので、昼食がてら検死についてのお話しをいたしましたわ」


 まさかその話しは食事中にしたのかとユーリが驚いた表情で平然としているクリスティア以外の同席したであろう者を見る。

 その同席をしていた者、ヘンディングスは会話の内容を思い出してか、顔色を悪くしている。


 当然ながら愉快な昼食というわけではなかったようだ。

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