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レストランテ・デ・トカリアン②

「では毒物以外では、なにか気になったことはございますか?」

「ふむ、年齢が年齢だからね。心臓、肝臓、腎臓あっちこっちガタがきていたようだ。それと魔力欠乏症を患っていたようだね」

「魔力欠乏症?随分と珍しい病ですわね」

「どんな病気なんですか?」


 馴染みのない病名にヘンディングスが小首を傾げる。


「魔力欠乏症とは魔力を使っていないというのに体からそれが流れ出して溜められない状態になってしまう原因不明の病だ。君が何処まで知っているかはしらないが魔力とは体を構成する重要な物質だ、それが不足するとどうなると思う?」

「えっと……なんか病気になりやすくなる?」

「実に曖昧だが、まぁそうだね。様々な病気のリスクが上がるのは勿論のこと、魔法道具が次第に使えなくなるなどの日常生活にも困難が生じる。いいかい、この病はいわば血の流れない失血死のようなものだ。そして治療法はない。不足していく魔力を補充する代替え品は現在、存在しておらず、その流れ出る魔力を止める方法も無い。魔力はただ緩やかに外へと流れ続けて、やがて死に至る不治の病だ」


 ヘンディングスは自分の身の内にごく当たり前に存在する魔力がそのように悪い方向へと働くことがあると知り、恐ろしそうに顔を引き攣らせる。


「生前に医師の診断はございましたか?」

「ニールくん達が家宅捜査をしたときに金庫から診断書が出て来たみたいだ」

「どうして金庫に入れていたのでしょう?」

「あれくらいの年齢の男というものはね、医者にかかったことを隠すものだよ青年」


 ヘンディングスの率直な疑問に、ノーホスより少し若いだけのコンスチンはふふっと笑いながら答える。


「どれほど病状が進んでいたのか、コンスチン博士の検死から見てお分かりになられましたか?」

「そうだね。年齢にしては筋力が低下しているようだったし、口角が何度も切れている形跡があった。爪の中央がへこみ先が反り返っていたから余命宣告をされるくらいには病状が進んでいたんじゃないかな。魔力欠乏症は鉄欠乏性貧血と症状が似ているから診断が難しくてね、たらい回しにされて気付けば余命、なんてこともよくあることだ。ワインボトルから検出されたのは致死に至らない量の魔法鉱石だったが……病気の身にはまさに致死に至る量だったってわけだ」


 死亡してから病気が判明するケースも少なくない、それが魔力欠乏症だ。

 とはいえ分かったとしても、死へと向かうことに変わりは無いが。


「それとワインボトルから不自然な量の鉄分が検出されていたから貧血の症状もあったのかもしれないね。サプリメント程度の量だったがあれをワインに混ぜて飲めば味に違和感を感じるはずだから飲んで違和感を感じて無かったんなら味覚に障害も出ていたのかもしれないよ。死を宣告されゆっくりと死へと向かうことが幸せなのか、不条理な世を呪いあっさりと自らの死を演出するのが幸せなのか……どちらにせよ僕は僕の崇拝する血に塗れて死にたいね」


 真っ赤な血に染まり検死台の上に転がる自分の姿はさぞかし美しいだろう。

 皿に残ったステーキから滴った血をうっとりと見つめるコンスチンの死に様をその皿の上に想像してか、最後のステーキを口に入れて噛んでいたヘンディングスはうっと短い呻き声を上げて咀嚼を止める。


 食事中にする会話じゃない。


「こらこら、胃に入れたものは吐き出すのではなく飲み込みたまえ。胃に入れた物を吐き出す行為は犠牲になった食物達へ敬意のない現れだ」


 すっかり沈んだヘンディングスの様子を見てコンスチンが注意をするが、あんたの会話のせいで気分が悪くなったんだと責める気持ちが湧き上がる。

 だがヘンディングスは男のプライドから、言われたと通り最後のステーキをゴクリと飲み込む。

 飲み込んだ料理はやはりめちゃくちゃ美味しい。


「ま、病名が知れたところで死因は毒殺だからね。明確な殺意を持って行われた殺人に病名など意味を成さないとは思わないかい?」

「それは、そうですわね」


 尤もだと頷くクリスティアと運ばれてきたシャーベットを見て気分を持ち直したように浮かれるヘンディングス。

 そんな素直な子供達を見てコンスチンは満足そうに笑むと、この素晴らしいコース料理の仕上げへと手を伸ばしたのだった。

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