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男爵毒殺事件②

「ありがとうございますニール、十分に参考になりましたわ」

「いいか、クリスティー。警察だって色々と調べているんだ、余計なことをするんじゃないぞ」

「承知しております」


 本当に承知しているのならば最初から事件に首を突っ込むことはしないはずだ。

 理解はしているが聞き入れるつもりのないクリスティアの態度をいつものことだと諦めつつも、律儀に忠告をするニールの優しさにお辞儀を返したクリスティアが警察署を出れば、ルーシーが白髪頭に白い口髭を蓄えた初老の男性を引き留めていた。


 行く道の邪魔をされ不機嫌そうに鼻に掛かったような甲高い声が辺りに響いている。

 そんな彼のために、クリスティアは今日の装いの一つである眼鏡を外す。


「ルーシー、ありがとう。お引き留めしてしまって申し訳ございませんコンスチン博士」

「やぁやぁやぁ!僕の緋色の天使!クリスティーくんではないか!いやはやそうだそうだ彼女は君の侍女だ!急に引き留めるものだからつい警戒して無礼な態度を取ってしまった。最近はほら、新聞を賑わせる事件で記者がウロチョロしてるものだから僕も神経質になっていて!失礼したね」

「いえ」


 クリスティアのことを見た途端、瞳を輝かせて不機嫌な声音を機嫌良く高めたのは監察医であるコンスチン博士。

 彼女を赤い悪魔と呼ばずに緋色の天使と称する珍しいこの人物は、ルーシーに対して行った無礼を詫びると自分を見つめる緋色の瞳を嬉しげに見つめ返してうっとりとした声を上げる。


「あぁ、美しいその緋色の瞳!いつだって君の瞳は僕を魅了する!ホルマリンに漬けて僕のコレクションに加えたくて仕方がない!」

「まぁ、わたくしが博士より先に亡くなるなんてことになりましたら片目だけでしたら飾ってくださっても構いませんわ。時折、国内外で起きる事件の記事など読ませてくださいませね?瞳だけになろうともわたくしの灰色の脳細胞はいつだって事件を追い求めるのですから」

「なんと魅力的な提案だ!だがそんなことをしようものならば僕は王子殿下に睨まれてしまうよ。良くて国外追放、悪くて目玉をくり抜かれてしまう」


 赤を至高の存在だと崇拝するコンスチンだったが、権力に逆らってまで人一人の瞳を追い求めるものではないと、その提案を残念そうにはしているものの断る。

 そんな二人の会話を、ヘンディングスがどん引きした顔で聞いている。


 自分の瞳をホルマリンに漬ける話しを笑顔でしているだなんて……正気の沙汰ではない。


「それでそれで君は一体なんの用件で僕を引き留め……いやいや、待ちたまえ待ちたまえ。ははぁん、事件だ、事件の匂いを嗅ぎとったんだな!僕に聞きたいこととはつまり、世間を賑わせる毒殺事件だ」

「コンスチン博士の緋色の脳細胞にはいつだって脱帽いたしますわ、ご明察です。わたくし今、その事件にとても興味がございますの」


 灰色ではなく緋色の脳細胞と称したのはコンスチンがそう言うと喜ぶからだ。

 ご満悦ににんまりと笑んだコンスチンをクリスティアは緋色の瞳でじっと見つめる。

 赤いモノを向ければ彼の心をすっかり掴めることをクリスティアは良く知っているのだ。


「困ったものだ、僕のような一介の監察医が解決していない事件のことをペラペラと他人に話す訳にはいかないだろう?あぁ、そんな悲しげに緋色の瞳を潤ませないでくれ!胸が痛んでしまう!」

「ですが博士。わたくしがただの一度でも博士にご迷惑をお掛けしたことはございませんわ。それに数々の事件で私の手助けをしてくださった博士はわたくしにとって師匠のようなもの。他人だなんてお寂しい……」

「ふむふむ。確かにそうかもしれないが……今回もそうなるとは限らないだろう?」


 師匠と言われ満更でもないように髭を触るコンスチン。


 コンスチンの言うことは尤もだ。

 警察が事件の情報を漏洩すれば厳しい処分が下る。

 ただでさえこの事件は世間を賑わせているし、毎日毎日飽きもせず小バエの如き新聞記者がなにか情報を手に入れようと事件現場や警察署の前で五月蠅く飛び回っているのだ。

 そんな状況で持っている情報を教えることに乗り気でないコンスチンに、クリスティアは肩を落とす。


「そうですか……残念ですわ博士。折角ですのでお話しをお聞きする場として是非、ご一緒に昼食をと思いましたのに……レストランテ・デ・トカリアン、ご存じでしょうか?」

「デ・トカリアン!?」


 それは一部、美食家には有名なレストランテであった。

 会員制であり、その会員にはどうやって選ばれるのかは謎のレストランテ。

 その日に入る食材をシェフが気に入らなければ当日にキャンセルなんてこともある店で。

 たまたま会員と知り合いで、その連れとして食事をしたことのある者の話しをコンスチンは聞いたことがあるが、出された食事のあまりの美味しさに感動し、涙を流したのだと語って聞かせてくれたのだ。

 あの男は結局会員にはなれなかったそうで、共に行った会員が誰かについては一切、口を割らなかった。

 お目に掛かったことのない本物の会員の存在にコンスチンの喉がゴクリと鳴る。


「わたくしシェフとはとても懇意の仲なのです。本日、一件キャンセルが入ったようで……とても良い赤身のお肉が入ったので是非いらっしゃいませんかというお誘いを受けておりますの」


 赤色をこよなく愛する美食家コンスチン。

 キラキラと瞳を輝かせた彼はクリスティアの提案に呆気なく、籠絡する。


「コホンコホン、それはそれはとても良い考えだ。丁度僕もお腹が空いていたのだよ、うんうん。君と僕との仲だからね、ゆっくり世間話といこうではないか」

「是非」


 落ちたコンスチンにニッコリ笑みを深めてクリスティア達は馬車へと乗り込む。

 ラビュリントス王国の貴族街、裏路地を抜けた先にひっそりと佇むレストランテへと向かうために。

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