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男爵毒殺事件①

 その毒殺事件が起きたのはノーホス・ディゴリア男爵の誕生日パーティーの最中であった。


 パーティーへの参加者はノーホスの三名の子とその夫が二名、孫に当たる子供が三名と親しい友人ということでアーテが呼ばれていた。

 ノーホスの妻は既に亡くなっている。

 気兼ねないパーティーは賑やかに行われていたのだが食事も終わりに差し掛かった頃、アーテが持ち込んだワインをノーホスが飲んだ途端、苦しみだし、倒れ、そのまま亡くなった……というのが新聞各紙の情報であった。


「ということなので現場の状況を知りたいのですけれども、お教えいただけますか?」

「なにが、ということなのでだ、なにが」


 対人中央警察署。

 オールバックにした褐色の髪の毛、緑の瞳を隠すように細め眉間に皺を寄せた険しい表情でクリスティアを睨みつけたのはこの署の刑事部長であるニール・グラド。

 そしてその隣、ショートの茶色の髪をふわふわと揺らしながらくすんだ灰色に近い青の瞳を輝かせたラック・ヘイルズは、忠犬よろしく、なんの疑いもせずに事件の詳細が収められたタブレットをクリスティアへと捧げようとする……が、そのラックの頭を平手ですっぱ叩いたニールがタブレットを即回収する。


「いだっ!パワハラっすよニール警部!」

「機密情報を漏洩する奴に人権などない。監査部に報告するぞ」

「申し訳ございませんクリスティー様。僕には年の離れた妹がおりますので……家族を養うためにこの首はかけられません。上司の横暴にも歯を食いしばって絶えるしかないのです」

「ふふっ、お気持ちだけで十分ですわラック。継続中の事件ですので現場の写真だけならば見ても構わないと伯父様から許可は得ております」


 ニールへの抗議はすぐに引っ込ませて、握った拳で胸を押さえて悔しげに語るラックの変わり身の早さにクリスティアはニッコリと笑む。

 既に二人の上司からは許可は得ているのだ。

 だから拒否権はないとタブレットを渡すようにと手を差し出すクリスティアに、とことん姪っ子に甘い署長に対してニールは呆れた溜息を吐くと、タブレットを少しばかり操作して現場写真以外は見られないようにすると渋々と渡す。


「これの持ち出しは厳禁だぞ」

「心得ておりますニール」

「邸の現場はまだそのままで保存されておりますよクリスティー様。今日の眼鏡姿も素敵です!」

「ラック!」

「まぁ、ありがとうラック」


 一つウインクをして告げるラックにニールからの怒号が飛ぶ。

 その声に背中を跳ねさせて脱兎の如く逃げ去るラックの後ろ姿を微笑みながら見送り、クリスティアはタブレットへと視線を落とす。


 広い食堂、長い食卓、並べられた食事に、椅子達は転がったり食卓から随分と離れていた場所にあったりと……それぞれがそれぞれに焦り、混乱し、急ぎ立ち上がった形跡がある。

 毒物を入れられることとなったグラスは床に転がり、中に入っていたのだろう氷が散らばっている。

 ノーホスが座っていたのであろう食堂の奥、倒れた椅子の右横には同じく、毒物が入っていたワインのボトルがサービスワゴンの上に置かれていた。

 その写真の数々はまさに、毒殺されましたといわんばかりの現場写真であった。


 そして最後に、泡を吹いて倒れているノーホスの遺体が映し出される。

 横で一緒に見ていたヘンディングスは思わず目を逸らす。


「酷い現場ですね」

「アーテが被疑者となった原因は彼女がお持ちしたワインのボトルから同じ毒物が検出されたからだとお聞きしました」

「あぁ、そうだ。疑うには十分な証拠だろう?それに毒殺はあの女の常套手段だ」

「アーテは無実なんですよ、もっと敬意を払った言い方をしてください」

「アーテの……ではございませんわ。それに彼女の夫達がどうやって亡くなったかなどは庭園の野ねずみだって知っていることです。真似をすることなど容易いはずですわ」

「……確かにな」


 横から茶々を入れるヘンディングスのことは二人とも無視である。

 希代の悪女たるアーテの話は有名で、歴代の夫達がどういう方法で死したのかは特に、新聞やゴシップ紙に何度も取り沙汰されている。

 このラビュリントス王国で知らぬ者はいないはずだ。


「毒物の入ったボトルはアーテがずっとお持ちでしたの?」

「いや、玄関で執事が受け取り、厨房前の廊下にあったワゴンの上に暫く置いておいたあとに食堂に持って行ったらしい。ボトルには執事とメイドの指紋が残されていた」


 自身が持つ手帳を開いてニールが答える。

 アーテは手袋をしていたので、ボトルに指紋はなかったそうだ。


 淡々と交わされるクリスティアとニールの会話に、無視をされてもめげないヘンディングスがまた割り込む。


「アーテではない誰かが邸に侵入して、毒物を入れたという可能性は本当にないんですか?」

「あり得ないな」

「どうしてですか?」

「出入り口は限られているし、ワインボトルは厨房からも見える位置に置かれていたんだ。外部からの侵入者が毒物を入れれば誰かが気付くだろう。それならばまだ内部に犯人がいると考えるほうがマシだ」

「じゃあ、内部に犯人がいるんじゃないですか?」

「……だからそれを捕まえたんだよ」

「ぎぃぃぃ!」


 ディゴリア男爵邸の厨房は玄関から入って右手側、食堂の隣にあり、廊下に面した場所に出入り口と料理の受け渡しが出来るような窓がある。

 出入りが面倒だという理由で出入り口に扉はなかった。


 廊下の奥には庭へと続く扉があり、食料保管庫もそちらにあるので常々鍵は閉められておらず誰にでも簡単に出入りが可能ではあった……もし、ノーホスを殺そうと思う侵入者があれば廊下に置かれたワインボトルは目に付きやすかっただろう。

 だが同時に、目に付くからこそ見知らぬ者の侵入があれば誰かが気付くであろうし、後からの毒物の混入も誰にも見られずに行うことは難しくあったはずだ。

 パーティーの日は特に、執事もメイドも厨房から食堂へと忙しく立ち回っていたのだ。

 ならば最初にボトルを持ってきた時点で、毒物が混入されていたとみるしかないとの対人警察の結論に、ヘンディングスは悔しげに歯を噛み締める。


 二人の言い合いを聞きながら現場写真を見ていたクリスティアは、ふっと横目に映った人物に気付き後ろに控えていたルーシーへと視線を送る。

 ルーシーは主人の視線を受け軽く頷くと、その人物を追うようにその場から離れる。

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