牢獄の女神②
「そう。あなたに結婚をする気がなかったのであれば、あなたのせいで亡くなったのではないのでしょうね。でしたらどうしてあなたは捕まったのかしら?」
「それがね、おかしなことが起きているの。あたしねあの人はてっきり発作かなにかでお倒れになったのだと思っていたのよ。それで亡くなってしまったのだと。それなのに警察の方がいきなり来てあたしが持ってきたワインのボトルから毒物が検出されたって言うの。あたし、なにがなんだか分からないうちに捕まってしまって……警察の皆さんったらお前がやったんだろう、白状しろって恐ろしい顔であたしを責め立てるのよ」
「それからずっとアーテは被疑者として勾留されているんです」
厳しい取り調べの辛さを思い出したのか、しくしくと涙を流しハンカチで目頭を拭うアーテの姿は周囲の同情を誘う。
現に監視官もヘンディングスも胸を痛めるように眉尻を下げるが、クリスティアだけは平然としている。
「身に覚えはあって?」
「あるわけないわ!そんな恐ろしい!あなただってご存じでしょう?あたしは一度だって誰かを殺したことはないわ!」
5名の夫の死だってそうだと強く訴えるアーテは、本当に身に覚えがないのだと必死に頭を左右に振る。
「ただ警察の皆さんがおっしゃるには、ボトルから検出された毒物はあたしの2番目と3番目と5番目の夫と同じ毒物だったんですって。だから怪しいんですって……酷い話しでしょう?同じ毒物で死んだ人は皆、あたしが殺したっていうのかしら?それにね夫達のことを言われたって……あたしの夫達はただあたしを愛しているから死んだだけなのよ?それをあたしが殺しただなんて……」
アーテの5名の夫達の死因は全て自殺だ。
事件性を疑われているが、証拠はない。
だが一人の女の周りで立て続けに起きる死の怪しさに、世間は騒いでいるのだ。
あの女が殺したのだと。
「そうね、その過程がどうであれ……あなたの手は綺麗なままですものね。はぁ……悩ましいわ本当に。あなたはこのまま此処に居た方が世のためになるのではないかと考えてしまうの。ここから出さなければ……あなたが新しい結婚相手を探すことはないでしょう?」
「クリスティー!なんてことを言うんだ!聞いていて分かっただろう!彼女は無実の罪なんだぞ!これは不当な逮捕なんだ!」
「あなたはいつだって……女性を見る目がなくってよヘイスティングス」
「僕の名前を間違える君に見る目をとやかく言われたくはない」
ブスッと唇を突き出して憮然とした表情を浮かべるヘンディングスを見てクリスティアは更に悩ましげに眉を寄せる。
「お二人ったら仲が良いのね。でもねクリスティー。あたしが此処に居ても会いに来てくれる殿方は多く居るのよ?その誰もが皆、あたしを愛してくれているわ。あたしに会えなくて気を病んでいる人だっているの」
留置所へと溢れんばかりに届けられる贈り物、多く居る面会者、彼だってその一人だと言わんばかりにアーテはヘンディングスへと視線を向ける。
そう、結局のところ牢獄に閉じ込めたとて……彼女は変わらず愛を囁き続けるのだ。
むしろ閉じ込めておくことは、ヘンディングスのように惑わされた男を引き寄せる格好の餌場となるだけだろう。
アーテという美しい花に魅了され、狂わされた餌達。
彼女はただその中から気に入ったモノを選ぶだけ。
そちらのほうが悲劇だとクリスティアは溜息を吐く。
「そうね、あなたは何処に居てもお構いなしに愛を囁くのでしょうね」
その声を奪わないかぎり、いや声を奪ったとて……視線や仕草で彼女は彼女を愛する者達を惑わせるのだ。
ならば仕方がない、せめて此処にいる恋に溺れる憐れな男だけは救うべきだとクリスティアは義務感を持つ。
「えぇ。本当はね、此処に居ても問題はないのだけれど……でもね、あたしやっぱり此処から出たほうがいい気がするの」
「畏まりました。この依頼、お受けいたしましょう。あなたが無実でないことを祈りますわアーテ」
「クリスティーったら一言、余計なんだから。でも感謝するわ」
「僕からもお礼を言います!ありがとうクリスティー!よかったですねアーテ!すぐにこんな所から出られますからね!」
「こんな所だなんて失礼だわヘンディングス。あたしが幼い頃に、住んでいた家よりよっぽど立派なのだし、皆のおかげで住み心地は最高なのよ?」
すっかりアーテの城になりつつある留置所にはきっと対人中央警察署の署長であるクリスティアの伯父も困っていることであろう。
そんな伯父の為にも、そして恋に盲目的なヘンディングスのためも、クリスティアはこの希代の悪女の無実を証明するために重い腰を上げるのだった。




