馬車の告解③
「両親はわたくしにとても期待をしておりますから、皆様にご紹介いただく際はどうぞわたくしの気持ちをご留意しておいてくださいますと感謝いたしますロレンス卿」
「勿論です、私に全てお任せなさい」
家族の全てをその細い肩に背負い哀願するように己の胸に手を当て頭を下げる少女の儚さ。
あぁ、可憐だ……。
まるで生まれたばかりで蜜の吸い方も知らぬ頼りない蝶のように。
庭から飛び出そうとしながらも新しい場所へ向かうことを躊躇い不安に揺れる気丈な羽の美しさ。
このような美しさが彼女にあれば。
彼女?
彼女とは一体……。
あぁそうだ妻だ。
あの偏屈でヒステリックで無教養のエマにこの少女の優雅さと可憐さが少しでもあれば……。
暗い廊下の先で上げ続けられる金切り声を思い出して頭が痛くなる。
私が居なくなった邸は今は静まり返っているのだろう。
出てくるときまで騒ぎ立てていたあの声の待つ邸のことを思い出せば、先の事を考えて少しばかり憂鬱になり窓の外を眺めた。
「でもお疲れのところをお誘いしてしまって本当に申し訳ありませんわ」
馬車の窓から流れる景色を眺めていれば夜道を走るせいか同じ場所を行ったり来たりとしている気がする。
街に人の気配は無い。
いい加減到着してもいい頃合いではないかと胸の金時計を探ろうとすれば申し訳なさそうに響く少女の声に探ろうとした胸から手を離して景色から少女へ視線を戻す。
「どうか気にしないで、私にも良い気晴らしになるでしょうから」
「ですが……わたくしのような地位の者の相手など奥様はあまりいい顔をなされなかったのではないですか?」
「ははっ、そんなことは……若きご令嬢の頼みを聞くのは紳士の勤めですからね。妻も誰かの助けになるのならば喜んで行ってきなさいと私の胸を押さんばかりの勢いでしたよ、私はそれを受け取り今こうしてこの場に居るのです。それにあれは今静かにしているのですからどうぞ心配なさらずに」
妻のヒステリックさを思い出しギクリと肩が跳ねる。
エマのヒステリーは社交界でも有名だ。
この少女も家名を汚す屈辱的で不名誉な噂を知っているのかもしれないと探るような眼差しを向けるが少女の赤い瞳は特になにかを知っているわけでも暗示するわけでもなく、人を引きつける魅力的な笑みを携えて同行への感謝を述べる。
妻の話はもう沢山だ。
今、居ない人物の話をされても嫌気がさすだけだと滅入りそうな気分に頬を引き攣らせながら身にもならない妻の話なんて止めて少女の輝かんばかりに光るその身に纏われたドレスへと話題を変える。