牢獄の女神①
「お久し振りね、アーテ。苦労はして……いないみたいね」
「まぁ、クリスティー!来てくださったのね!そうはいってもね、あまりのショックでやつれてしまったのよ。というか、あなた目が悪くなってしまったの?」
「あなたに会うための変装よ」
麗しい女性が刑務官に連れられて面会室へと現れる。
レースに彩られた美しいネックラインのシックな黒いドレス。
トーク帽から伸びる滑らかな赤茶色の髪は三つ編みで結ばれ肩に流れ、ベールに覆われた目はカールした睫毛に覆われ嬉しげに細められる。
三日間、警察署の牢獄に閉じ込められているとは誰が見ても思わない、上品で気品ある姿。
世間を賑わせる悪女、アーテ・ピトスはクリスティアの姿を見て声を弾ませると、純真で可憐な少女のように軽い足取りで近寄り抱きついて……来る前に、ヘンディングスが飛び出してきてその手を握る。
ちなみにクリスティアは世間を賑わせる事件の容疑者に会いに行くということで眼鏡をかけて変装をしているつもり、である。
あくまでつもりであり、あまり変装にはなってはいないが……。
「アーテ!僕の女神!可哀想にこんなにやつれてしまって!」
「あらヘンディングス。もしかしてあなたがクリスティーを連れてきてくださったの?あなたってばなんて良い人なのかしら。彼女ったらあたしが手紙を送っても一通の返事も返してくれなかったのに……」
「そうなんですかクリスティー?」
事件の容疑者であり、世間から希代の悪女と呼ばれているとは思えないほどの無邪気さで、拗ねたようにアーテが唇を尖らせれば、そんな話しは聞いていないと咎めるような視線をヘンディングスがクリスティアへと向ける。
だがアーテのどこがやつれているというのか。
毎朝、規則正しい時間に寝て起きて、起きている時間は面会に来た者達や他に勾留されている者達との親睦に励み(その誰もが彼女に魅了されている)、三食きちんと残さず食べて軽い運動すらしている。
しかも食事は彼女を慕う者達から支援された食事なので留置所で元々出されている食事より随分と豪勢だ。
彼女のための衣服だって絶え間なく贈られてくるから、部屋に治まり切らず。
この間はとうとう内装業者まで呼ばれ、留置所の大規模改修が行われた。
人権を盾に取られればなす術無く……アーテが留置されている一室はちょっとした良い間取りのワンルームへと変わり果ててしまい、対人警察でもほとほと困り果てていた。
今や、アーテの住まう牢獄は署内の仮眠室より良い部屋に変わってしまっているのだ。
「でも申し訳ないわヘンディングス。こんなに良くしてくださってもあたし、あなたのお気持ちには答えられなくってよ?」
「そんなものはどうでもいいんだアーテ。僕は僕の正義のために、君という女神を救いたいだけなんだから」
握った手に力を込めて、君のためならば悪魔にだって魂を売るさっと語るヘンディングスの三文芝居に、アーテはニコニコと笑みを浮かべるだけ……男達から与えられる好意は当たり前であるかのように感激した様子はない。
そんな二人の温度差にクリスティアは呆れた溜息を吐く。
憐れな男はすっかり彼女に魅力されているようだ。
「それで?あなた、ディゴリア男爵とはご結婚でもなさるおつもりだったの?」
齢33歳の麗しき未亡人アーテ・ピトスと今回の被害者、ノーホス・ディゴリア男爵との年の差は32歳。
常ならば親子ほど歳の離れている二人の恋愛を疑うなんてことはないだろうが、クリスティアはそれが当たり前であるかのようにアーテへと問う。
アーテが希代の悪女と呼ばれるのにはクリスティアが赤い悪魔と呼ばれるのと同じように理由があった。
彼女は今までに年の離れた5名の男性と結婚し、そしてその5名全てが死に、何名かは彼女に莫大な遺産を残しているのだ。
疑惑の死に塗れたアーテ・ピトス。
だから世間は言う、彼女は遺産目当てに男を殺す希代の悪女なのだと。
「いいえ、クリスティー。あたし、あの人とは単に良いお友達であっただけよ。そりゃ、あの人はあたしと結婚したがっていたけれど……あたしにその気持ちは全くなかったんだもの」
「結婚を迫られていて困っていたんですよねアーテ?」
「困っていたというより、あの人のお気持ちに応えることができなくて申し訳なかったの」
眉尻を下げて俯き悄気るアーテを見て、庇うために言ったことだったのだが、これば余計なことだったと悟ったヘンディングスは同じように俯き黙る。




