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円卓の真実④

「で、ですがそれでは伯父様は?伯父様は一体誰の毒薬を飲んだのですか?」


 この場でただ一人、テーブルに毒薬の置かれていない人物がいる。

 カーラの座る席。

 ランス・トロワの座っていた席。

 全てを計画したであろう彼が飲んだのはワインではない。

 彼だけは誰からの毒薬も受けていない。


「そう、これが円卓であるならばランス様も誰かに殺されたと考えるのが筋です。わたくしは愚かにもそう考えたのです。円卓であることに囚われていたのですわ。彼は殺されたのではありません。彼だけは自ら毒薬をあおったのです。紛れもなく、間違いがなく、彼だけが自らを殺した自殺だったのです!」

「そんな!」


 円卓ではない、五芒星だ。

 しかもあの割れたクッキーと同じ、頭上の欠けた五芒星。


 ここで漸く、クリスティアは驚愕するカーラの席へと小瓶を置く。

 その小瓶だけは色のない透明の液体であった。


「わたくしは最初、新聞に載っている事件の写真を見てとても綺麗な現場だと思いました。毒物を飲んだにしては苦しまずに皆椅子に座ってきちんと亡くなっていると。覚悟を持っての死ならばそれもあり得るのかもしれません。ですが調べれば調べるほど、その死に覚悟など見付けられない……そして事件の調書を見たときに、やはりこの死は不可解であると確信したのです」

「不可解?」

「えぇ、カイウス卿。調書にはランス様の靴底がワインに濡れているという記載がありました」

「靴底が?」

「そうです、ドレッド様が毒の苦しみから右側へと落としたワイングラスに入っていたワイン。それでドレッド様の足が濡れるのは道理です。そして隣のヴィネア様のドレスに掛かるのも。ですがランス様はそれを一体どうやって踏んだのでしょうか?彼はドレッド様の左隣に座っておりましたそこまでワインは流れておりません。現にドレッド様の靴は右足しか濡れておりませんでした。ワインを踏むには、ランス様の席は遠すぎるのです」

「そのときではないワインを踏んだのではないのでしょうか?」

「フィア様、ワインは汚れていたのではなく濡れていたのです。ならばそのワインは鮮明な液体であったということ。部屋を担当していたウエイターは食器の落ちる音を一度しか聞いておりません。それ以降は遺体の発見まで静かであったと。ならばグラスが割れたのはその一度の時だけ。ワインが床へと落ちたのはそのときだけだったのです。その時こそが皆が毒物によって苦しんだ時間であると考えるべきです。苦しまずに亡くなる毒物はないのですから。では皆が同時に毒物を飲み死に至ったのならば席を移動していないランス様の靴底はどうやってワインに濡れたのか?」


 導き出される答えはただ一つだ。

 ただ一つの答えしかないのだ。


「彼だけは皆が死んだ後も生きていたのです」


 愕然と、そして茫然と、クリスティアの言葉を皆が受け止める。

 そんな恐ろしいことがあるだろうか。

 皆が死ぬ様をたった一人だけが見ていたのだ。


 たった一人だけ……神にその身を捧げていた男だけが、ただ見つめていたのだ。 


「恐らく最初に亡くなった者達の一部は椅子の上ではなく、別の場所で倒れた者も居たのだと思います。あの整然と椅子に座らされた遺体はランス様によって整えられたのです」


 皆の死を確認したあとランス一人だけ動き出し、それぞれが準備した毒薬の小瓶を机に置き、苦しみから逃れようと床へと転がった遺体達を椅子へと戻し、ウエイターに30分後に声を掛けるように指示したのは間違いなく彼なのだ。

 彼によって、円卓の死は完成したのだ。


「彼が幸運であったのは本来残っていたであろうワインに濡れた彼の靴跡は他の野次馬によって紛れたか消されたかしたことです。靴跡が残っていれば彼が動いた証拠となり、事件の真相は変わっていたはずですから。いえ、もしかするとそれすらも彼の計画だったのかもしれません。あの日、レストランへと記者が取材に訪れていました。一週間前に急遽決まったその取材は皆が毒物を買い始めた時期と一致します。記者は記事のためならば現場を乱すことを躊躇いはしない、そして記者が騒げば、野次馬が来ることも容易に想像が出来たことでしょう」


 そう、大衆紙の記者ならば尚のこと……センセーショナルな記事を好む読者のための行動をすると、ガレスの死によってランスは学んでいたはずだ。

 少なからず彼の中に、記者という職業に対する憤りがあったのだろう。

 お前達の行いは真の犯人を隠す共犯となり得るのだという憤りが。


「この事件を描き実行したのはランス様です。それぞれがそれぞれを殺害するように皆の欲望を煽りあの円卓の場を用意した、全員の共犯者がランス様なのです。ではランス様が真の犯人であるのか?ランス様に一番の罪があるのか?いいえ!それは全く以て愚かな結論です!彼は皆の欲望をよく知っていただけです!皆の中で膨れ上がった欲望がいつ破裂してもおかしくない状態であることを知っていただけです!その欲望を破裂させ、この円卓の殺人という犯罪を上手く至らしめたのは結局のところ彼以外の者達なのです!」


 皆の死は私の責任であり、私の罪。


 彼らの欲望を煽り、彼らを死へと掻き立てた責任はまさしくランスにあるのだろう。

 だがそれだけが事実なのではない、彼らは最後に選択をしたのだ、自らが罪を犯すという選択を。

 誰かを殺す殺人者になるということを!


 ランスはあの円卓の場で、弾けた欲望に苦しみ、悶え、死する者達を見ながら祈ったはずだ。

 天にまします我らが神よ、憐れな子羊達をお許しくださいと。


 この罪は全て私が背負いますと。


 彼は祈ったのだ。

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