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過去の調書

「義姉さん、伯父さんが来てこれを渡してくれと頼まれました」

「まぁ、ありがとうエル」


 そういって少し疲れた様子のエルに差し出されたのは求めていた事件の調書であった。

 エルが疲れているのは甥っ子大好きなヘイリーが、彼をかまい倒したせいだろう。


 自殺との結論により事件の調査はすぐに終わったらしく調書は思っているより薄く、これが難しい事件ではなかったことを物語っていた。


「遺書はやはり見付からなかったと謝っていました」

「あぁ、そちらはわたくしが見付けたから問題なくってよ」

「そうなんですか?」


 流石義姉さんと称賛するエルから調書を受け取り中を見る。

 厨房から戻ってきていたアリアドネも後ろから興味深げにそれを覗き込んでいる。


「遺書があったなら亡くなった理由とかは分からなかったの?」

「……明確には。ただ皆の死は彼の責任とだけ記されておりましたわアリアドネさん」


 結局のところ皆の死は私の責任であり、私の罪だと書かれた遺書。

 自殺を止められなかったことへの責任が自らの死なのだとすれば、その罰は重すぎるとアリアドネは思う。


 調書に書かれた死因は服毒死、死亡推定時刻は遺体発見の30分前。

 現場の写真は大体は新聞やゴシップ誌に載っているものと変わらない気がするが、そこは警察とあって遺体ばかり写しているのではなく、証拠と思われるもの全てのものが写真に残されていた。


 毒の小瓶に指紋の付着はなし。

 争った形跡なし。

 遺体には動かされた痕跡があるが野次馬が多く、記者が写真写りのための遺体を動かしたとの証言が多く有り。

 ランスの靴底とドレッドの右足の靴底がワインに濡れており、ヴィネアのドレスの裾にもワインによる汚れがあった。


 次に捲られたページには浮かび上がった容疑者数名の一人として、若かりしイズが怯えきった表情を浮かべた写真も載っていた。

 そのあまりにも怯えていますと訴えている表情が今のイズと変わらな過ぎてアリアドネは思わず笑ってしまう。


 調べた新聞などの情報と照らし合わせながら調書を数ページを捲ったところで、クリスティアの手が止まる。

 そこには皆が毒物を購入した相手である商人の証言が記載されていた。

 この商人は違法薬物を密かに販売する男で度々警察に捕まっており、今はもう既に亡くなっている人物でもあった。


「毒物を売った商人の話によれば、購入した日付はそれぞれ違うけれども同じ毒物が立て続けに売れたので珍しいと覚えていたようね」

「ほんとだ……自殺する覚悟が決まった順かな?」

「元々は一人で死ぬつもりだったのが皆で一緒にとなったのでしょうか」

「でもエル様、一体どうやって5人全員が自殺を考えていると分かったのかっていうのが疑問じゃない?本当に死にたい人は自分は今から自殺をしますって、普通は宣言するものではないでしょう?」

「確かに」


 起きる前の殺人を知るより起きる前の自殺を知るほうが遙かに難しいとアリアドネは思う。

 完全に自己完結に選ばれた死(自殺)は、誰かを殺そうと策を巡らせる殺人よりも他が介在する要因が少ないからだ。

 それなのにこの5人は集まり、皆で死を遂げた。

 一体どういう理由で、なんの切っ掛けがあって……心の内を知ることができたのだろうか。


「調書によると最初に毒物を購入したのはウエイン・オクニールみたい」


 事件の一ヶ月前に致死性の毒物を小瓶一つ分を購入。


「そして次がドレット・モスマンとアルスト・サンドス」


 事件の七日前とその二日後に同じ毒物を小瓶一つ分ずつ購入。


「そしてヴィネア・レグラス」


 一日前に小瓶一つ分、購入。


「最後がランス・トロワ」


 事件当日に小瓶一つ分、購入。


「ドレット様からランス様までの毒の購入間隔は短いのにも理由があるのかな?」


 一番早く毒物を手に入れたウエインが弟の件を苦にして自死を考えていたのを皆に話していた?

 いいや、新聞やゴシップ誌を見る限り男気のあるウエイン・オクニールという人物は誰にも弱味を見せない男であったであろうとアリアドネは推測する。

 そんな男がわざわざ自殺をしますと誰かに宣言するとは考えられない。


 難しげな表情で調書を見続けるクリスティアを横目に、今度は机に並べられた料理のページで手が止まったのでアリアドネもまじまじと見る。


「あれ?ランス様だけ飲んでいたのは水だったんだ」


 皆のワイングラスにはワインが注がれている中で、同じワイングラスに水が入っていたのはランスただ一人。

 神の信徒としてお酒を断っていたのだろうか。

 解けない謎に眉間に皺を寄せて、大体が新聞やゴシップ誌と同じことの書かれた調書からアリアドネが視線を逸らすと、サービスワゴンと共に部屋へと入ってきたルーシーがクリスティアの近くの机の上に皿を置く。


「まぁ、これは……コーンフレーク?」

「クッキーよ!」


 皿の上に乗せられた歪な形の食べ物。

 焼きたてで甘い香りの漂うそれは辛うじて食べ物だとは分かるものの、折れて、割れて、崩れた物にクリスティアがなにかしらと戸惑えば、アリアドネからその食べ物の正体を告げられる。


「ほら疲れたときには甘い物っていうから、この間のケーキみたいに。だから準備してたの。私は謎解きの役には立たないし。でも私、料理は苦手で……型抜きだけ手伝ったんだけど、なんで割れちゃってるの?」

「これでも他の物よりかは良い物を選びました」


 本当に意味が分からない。

 生地は料理長が作ってくれてアリアドネは型抜きだけをしただけだ、クッキー用の型抜きで。

 間違いなく割れるはずのない綺麗なクッキーが出来上がるはずだったのに……。

 何故か割れているクッキーにアリアドネは皿を持ってきたルーシーを見るが、ルーシーも意味が割らないというように頭を左右に振る。

 料理長は確かに完璧に、クッキーを焼いていたのだ。

 割れる要素など、一つもなく。

 それなのに真っ二つに割れた丸、花びらのバラバラになった花らしきもの、真上の欠けた星形etc.

 まぁ、割れていても料理長が作った生地なので味は保証されているが。

 残念な見た目のその欠けたクッキー達に肩を落とすアリアドネと、その気持ちだけで十分嬉しいと微笑み、欠けた星形を持ち上げたクリスティアは、ホワイトボードに記された5人の名を見てハッとしたように息を呑む。


「円卓にこだわりすぎていたのだわ!欠けた星、星が欠けたのよ!」


 納得した声を上げたクリスティアは5つ星ではなく4つ星になったクッキーを皿に戻し、漸く解けた謎に清々しげな表情を浮かべるとアリアドネの両手を握る。


「あなたってばなんて素晴らしい助手なのでしょう!十分にわたくしの役に立っていてよ!」

「えっ?えっ?」

「皆様に集まってもらいましょう!事実を知るべきときが来たのです!この馬鹿げた思い込みを捨てさせるために、愚かな恨みを捨てるために!全ての事実を明らかにするべきなのです!」


 戸惑うアリアドネを余所に急ぎルーシーに指示を出すクリスティア。

 その頭の中には、結局のところ皆の死は私の責任であり私の罪だと記したランスの遺書がくるくると巡っていた。

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