ランス・トロワについて③
「エレインが私の元へとランスくんの訃報を知らせに来たときにはなにかの間違いだと思いました。そんなはずはないと……ガレスくんの死をあんなに嘆き、悲しんで、神にまで救いを求めたランスくんが自ら命を絶つだなんて考えられなかったんです。だからきっと……きっと殺されたに違いないと私は思ってしまったのです」
「殺された?」
「えぇ、ウエインさんに殺されたのだと思ったのです」
まさか一緒に亡くなっているとは思わずに、来るべき時が来てしまったのかとロッドはエレインを慰めながら思ったのだ。
それはガレスが亡くなってからずっと抱え続けていた懸念でもあった。
「ガレスくんが亡くなってすぐに今までガレスくんの面倒を見てくれたからとウエインさんがお礼を言いに診療所に来たんです。そのときに、彼は薬棚を念入りに見つめていました……そしてどの薬で人は死ぬのかと聞いてきたのです。私はどれも病を治す薬だと取り合わなかったのですが、どことなく不安にかられました。彼は薬も過剰に摂取すれば毒となるという知識でも得たのでしょう。暫くして薬を盗もうと医院に忍び込んだのです。それは私が未然に防ぎましたが……ウエインさんがランスくんを恨んでいることは分かっていましたから、毒物を手に入れたらそれをどう使うかは安易に想像ができたのです。だから私はランスくんに気を付けるように忠告をしたのです」
ウエインの態度に不安を感じた日からロッドはなるべく医院に泊まるようになっていた。
彼が馬鹿な真似をしないように、馬鹿な真似を考えていたら止められるように、薬棚の前で寝泊まりをしていたのだ。
そして予想通り、数日経って忍び込んできたウエインの姿を見てロッドは二度と馬鹿な真似はするなと怒り、ガレスはそんなことを望んでいないと諭し彼を追い返したのだ。
そしてもしも彼が諦めなかったときのために、ランスへと忠告をしたのだ。
だが結局その忠告にはなんの意味はなかった。
誰かが殺されるなんてことにはならなかったのだから。
「でも結局は誰かが誰かを殺すのではなく、皆が一緒に自殺をしてしまいました。あの頃はランスくんには本当に色々なことが積み重なっていました。ガレスくんが死に、ウエインさんからの脅迫、神官になることを諦め、私とエレインのこともありましたから」
「ロッド様とエレイン様のこと?」
「あぁ、私達は秘密裏に付き合っていたんです。身分の違いもありましたから許されるはずもなく……知っていたのはガレスくんとランスくんだけでした」
「お二人がお付き合いをされていたのですか?ガレス様とエレイン様ではなく?」
「えぇ、ガレスくんは私達の密会をよく手助けしてくれていたんです。彼がエレインの恋人だと噂が立つくらいに頻繁に。いえ、彼のことだからわざと噂を立てて私を守っていたのでしょう。エレインの両親は平民との付き合いを絶対に許しません、彼女を評判の良くないお金持ちに嫁がせて利益を得ようとするような人達ですから。これはガレスくんが亡くなった後で知ったのですが、エレインと別れろと随分と脅されていたみたいです」
そう、誰も彼もガレスがエレインの恋人だと思っていた。
誰も彼も。
上手にロッドの姿は隠されていた。
「ガレスくんが亡くなって私とエレインの会う機会は極端に減りました。そんな中でエレインが婚約するという話しを人伝に聞いたときに私は身を引くつもりでした。お相手の方はランスくんから聞いたことのある名でしたし、なにより身分のある方でしたから。私は20代前半の若者で薄給のしがない平民の医師です。このままエレインと結ばれても彼女はきっと苦労するだろうと勝手に思っていたのです。私に意気地がなかったのも原因ですね。ですがランスくんからの最後の手紙が届き、彼に背中を押されて私は覚悟を決めたのです。エレインにこの先の苦労を上回るほどに君を幸せにするから結婚して欲しいと」
そのときのことを思い出してロッドはフッと微笑む。
エレインからの返事は良いもので、駆け落ち同然でエレインは家を出てそしてロッドと結婚し、二人の間にはカーラという愛しい娘に恵まれた。
全てはランスからの最後の導きであった。
両親からの反対がなければ……彼は本当に良い神官になったであろう。
そう思いながら持ってきた鞄から一通の手紙をロッドは取り出す。
ロッド・キャメロン宛と書かれたその手紙。
それは紛れもなくランス・トロワの遺書であった。
「警察にお見せしたお探しの遺書です。これはランスくんから最後に届けられた私の使命でもありました」
「拝見しても?」
「えぇ」
ロッドから手紙を受け取ったクリスティアは、既に空けられた封から少し色褪せた紙を取り出す。




