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ランス・トロワについて②

「お待たせいたしました。オーナーもすいません場所をお借りしてしまって」

「先生のためなら構わねぇよ」


 急ぎ診察を終わらせたのだろう。

 少しばかり息を弾ませながらロッドは向かい側の席に座る。

 通常ならばカフェの閉店時間前だが、気を遣った店主が早々に店を閉店してくれたお陰で今このお店に二人以外の客人はいない。


 なんだか高貴そうな少女を前にして不安そうにしているロッド。

 心底お世話になっている先生のただならぬ様子に、戸惑い気味に二人を交互に見るカフェのオーナーだったが、彼の妻が邪魔をするなというように耳を引っ張って裏へと連れ去って行く。


「辺りを散策しておりましたから時間はあっという間に過ぎましたわ。通りで子供達が遊んでおりましたので物珍しく、つい一緒に遊んでおりましたの」


 ガラス窓越しの通りに居た一人の少女がカフェの中に居るクリスティアに気付き、お姉ちゃんバイバーーイっと大きく手を振っているのでクリスティアも微笑み手を振り返す。


「貴族街は立派な庭がありますからね。平民街は何処でも至る所が子供達の遊び場です。あの先程はすいませんでした、無礼な態度を取ってしまいまして」

「いいえ、お話しをお聞きしたいばかりにお仕事のお時間にお邪魔をしてしまったのはわたくしですわ」


 後から診察のカルテをよくよく確認してロッドは思い出したのだ、彼女がランポール公爵家のご令嬢であるということを。

 名家中の名家のお嬢様。

 偽物がわざわざお金もなにもない貧乏医院へと詐欺をしに足を運ぶわけはないので彼女は本物であろう。


 事件に関わる彼女の奇怪な噂話はロッドの耳にもそれなりに多く入っている。

 一体どうやってカーラと知り合ったのかは謎だが、そういった噂を頼りに娘が自ら彼女を尋ねたのだろう。

 母親に似て思い切ったところのある子だからと肩を重く落としたロッドは、世間話をするために来たわけではないのだからと覚悟を決める。


「カーラは一体何処でランスくんの件を知ったのでしょうか?」

「お母様の墓前に参ったときに。ちょうどお参りに来ていらしたお知り合いの方からお聞きになられたそうです」

「なんてことを……」


 痛む頭を押さえるように、目尻を押さえたロッドは深い溜息を吐く。

 深く重く憂鬱な溜息を。


「どうぞキャメロ様、ランス様のことをお聞かせ下さい。何故貴族である彼と平民であるあなたがお知り合いになられたのですか?」

「身分の差はありましたけれどランスくんはそういったことを気にされる方ではありませんでした。むしろ身分制度を嫌っているほうでした……彼とはガレスくんの診療で知り合うことになったのです。ガレス・オクニール、ご存じですか?」

「事故で亡くなられたご友人ですわね」

「えぇ……私は元々ガレスくんの主治医で。ガレスくんはランスくんを慕っていてよく一緒に居たものですから、彼の体調が悪くなった際にランスくんが私の元へと連れてきたことで交流が始まりました」


 ランスは自分の体を省みずに無茶をするガレスをよく怒っていた。

 死に急ぐんじゃないと。

 ロッドもガレスが診療所へ来る度に年長の自分を差し置いて死ぬつもりなのかと怒っていたものだ。

 二人の友人が怒る様を見て……ガレスはいつも笑っていた。

 心配してくれる姿が嬉しいというよりかは心配しながらもその無茶を止めず自由にさせてくれる友人達の優しさが嬉しくて、甘えていたのだ。


「ガレスくんは自分を普通の人のように扱ってくれるランスくんに救われたのだと言っていました。彼の周りの者達は彼を体の弱い病人として扱っていましたから。ガレスくんはいつだって鳥の雛のようにランスくんの後を付いて回っていて……お兄さんのウエインさんはどちらが兄か分からないといつも愚痴をこぼしていましたけれど、ランスくんといると明るくなるガレスくんを見て内心は喜んでいたと思います」

「ロッド様も秘密クラブに出入りをされていたのですか?」

「いいえ。クラブには私も良く誘われておりましたが……私はその頃、新米の医師で限りある時間は全て勉強に充てたいと断っていたのです」


 今思えば一度でもそのクラブに参加していればそうすればなにかが変わっていたかもしれないとロッドは思う。

 ガレスの事故もランスの自殺も、何処かで止める手立てがあったのかもしれないと。


「ガレスくんが事故で亡くなってランスくんは思い悩む日が増えたように思います。ウエインさんに脅されていることも知っていましたから……私からも何度も事故だとご説明したんですけれどウエインさんは納得しませんでした。弟を亡くした悲しさと悔しさを誰かにぶつけたかったんだと思います」


 ランスもそれを分かった上でウエインの怒りを受け止めているようだった。

 ガレスを亡くし自分も傷つき悲しんでいたというのにその気持ちの器に蓋をして、ランスはただ少しずつ悲しみを溜め続けていたのだ……そしてそれを最後には溢れさせてしまった。

 あのような形で。


「そしてガレスくんの死も癒えぬまま、あの事件が起きたのです」


 お兄様が死んでしまった!


 そう悲痛な声を上げてロッドが働く診療所へと駆け込んできたのはエレインだった。

 混乱し、受け入れられず、泣き出したエレインの激しい動揺にロッドは一先ず平静を装ったのを覚えている。

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