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聖ラッセレ教会①

 平民街の奥まった場所にある古い、とても古い教会。

 白い祭壇の上で咲いた白百合が蝋燭の明かりに灯され、その頭上で輝くステンドグラスには白いベールを被った女性が祈るように両手を握っている。

 天井には悩める者達を救おうと天使が舞い降りる様を描いた壁画。

 その歴史ある壁画の美しさに見惚れるようにして上を見上げていたクリスティアは、だが所々にひび割れや欠けがあることを残念だとも思う。


 小さな教会。

 しかも平民街でも治安のあまりよくない場所にある教会だ。

 祈る者も少なく、信仰心によって僅かに得た寄付は教会の修繕よりも、周囲の恵まれない者達への慈悲へと使われているようだった。

 教会の入り口ではシスターが野菜や果物、子供服といった物をそれを必要とする者達に配っていた。


「長い間、お祈りをされているようですが……なにかお悩みのことでもございますか?」


 興味深く教会内を長い間、一人で見回していたせいか、長椅子に座ったクリスティアの姿を見て一人の男性が声を掛けてくる。

 古い教会には似つかわしくない少女が、神に祈りを捧げている姿は切羽詰まったなにかを感じたのかもしれない。

 声の方に視線を向けたクリスティアの視界に、カソックに身を包んだ初老の男性が映る。


「まぁ、それほどの時間が経ちましたかしら……深く考えることがあったのですが、素晴らしい絵画を見ていると心が救われるようで。この数日悩んでいたことから気を休めておりましたわ。あっ、申し訳ありません。わたくしったらペラペラと自己紹介もせずに……わたくしはクリスティア・ランポールと申します神父様」

「これはこれはご丁寧に。この教会を預からせていただいておりますミルデンと申します。もしよければその悩みをお聞かせ願えませんか?一人で抱え続けるよりも誰かに話せば、少しばかりお心の重荷も晴れることでしょう。ご安心下さい、教会で語られたことは全て私の心の内に。誰かに他言することはございません」


 クリスティアの少女らしい感じの良さに微笑んだミルデン。

 この幼い少女が抱える可愛らしい悩み(この時点で友人関係や恋愛関係の悩みだと思っている)をミルデンは晴らしてあげようと救いの手を差し伸べようとする。

 その神父の慈悲にクリスティアは嬉しげに口角を上げる。

 それはまぁ、見る者が見れば邪悪さの含まれた笑みなのだが、ミルデンにはただの笑みにしか見えていない。


「ご親切にミルデン神父。とても……とても深い悩みを抱えております。この悩みの解決はともすると誰かの不幸に繋がるのではないのかとそういった深い悩みなのです神父様」

「……それは誰かを傷つけるため悩みなのですか?」

「いいえ、傷つけるためではございません。前へと進むための悩みとなるのでしょう。それにそれは、わたくしの悩みではございません。わたくしはその解決を望まれたのです……だからこそ事実を探ることを悩んでしまうのです神父様」


 自身のことでは無いから尚のこと難しいのだと語るクリスティアに神父は思っているよりかは深い悩みを抱えているのだと少しだけ考えるように、自らが信ずる神へと視線を向ける。


「ふむ、でしたら真実を伝えるべきでしょう。良い嘘があるのも事実ですが、その方があなたに望まれているのは偽りでは無く事実のようですから。事実を知りたいと切に望む心を裏切ってはなりません、どんなに傷を負うような事実だとしても……あなたに悩みを打ち明けた時点でその方はきっと傷つく覚悟が出来ているのでしょうから」


 だからきっと事実を知って傷ついても乗り越える力があるはずだと、語る神父にクリスティアは嬉しげに両手を合わせて納得したように頷く。


「では神父様、事実を知るためにお話しいただきたいことがございます。わたくしは本日、ランス・トロワについてお伺いしたくこちらへと参りました。こちらの教会に熱心に通われておいでだったと。どうぞその方の事実をお聞かせ願えませんか?」


 教会に従事する者には守秘義務がある。

 真っ向から問うてもランスのことを話してはくれないだろうとクリスティアは思ったのだが……。

 ミルデンは驚いたように瞼を見開くと、クリスティアが誰の依頼の元にこの教会に訪れたのか察しながら問う。


「ランス・トロワ……もしかすると事実を知りたいと望んでいるのは、カーラ嬢ですか?」

「えぇ、そうです。わたくしの依頼はお察しの通りカーラ・キャメロ様からです。ランス様のお亡くなりになられた理由をお知りになりたいと……カーラ様をご存じなのですか?」

「えぇ、勿論。こちらの教会は彼女のお母様の頃から縁があり……夫人のお墓はこちらにございますから。そうですか……そうなのですね。では私の口からランスくんのことを語ることを彼はご理解くださるでしょう」


 いずれこのような日が来ると思っていたと言わんばかりにミルデンは陽の光に照らされたステンドグラスの女性を見つめ、手を合わせて祈る。

 それは誰かへの安らぎを願う祈りのように。


「ランスくんはご友人を事故で亡くされてからこちらに参るようになりました。ご覧の通り治安の良くない場所です、自暴自棄になっていた彼は自らを痛めつけることでその罪を償おうとなされていました。あぁ、丁度良かったリロル夫人。ジャックが最初にこの教会に来た日のことを覚えているかい?ほら、クラブのジャック」

「ジャック!なんとまぁ、懐かしい名!あの恩知らずな子!えぇ勿論、覚えておりますとも。そこら辺のチンピラ共に喧嘩を売っては負けて……あの子ね、呆れるくらい喧嘩が弱かったんです。教会に連れてきた日は殊更手酷く怪我をさせられてゴミ捨て場に倒れていたところを私が拾ってきたんですよ。神官になるだなんだと言ってちっとも顔を見せやしない……元気にしてればいいんですけどね」


 修道服に身を包んだ恰幅の良い中年の女性はシスターというわけではないらしい。

 野菜の入った大きな箱を重そうに抱えたリロルはそうブツブツ呟きながらさっさと戻っていく。

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