尻拭いを被る者達②
「申し訳ございません殿下……うちの娘のことでご苦労をお掛けしてしまい」
「今更です。それよりクリスティアが暴走しないよう事件解決まで見張りが必要だと思います」
逃げられない貴族社会のしがらみからユーリの婚約者にしてしまったことを(婚約者でも決まれば少しは落ち着くかもしれないという打算などもあった)アーサーは心苦しく思う。
しかしながら今更そんな後悔をしても意味はないので今は事件に巻き込まれてしまったクリスティアをいかにして暴走させないかが重要だとユーリは訴える。
それが目下のところの重大かつ重要な問題だとお互い顔を見合わせて頷いたアーサーとユーリは今後の対策についての話し合いを始める。
「本日クリスティーは学園へ行かさないことになりました」
まず第一の対策として邸に閉じ込めておこうというアーサーの作戦にそれは素晴らしいというように強くユーリは頷く。
クリスティアを邸から出したら何処に行くか分かったものではない、学園には行かずに事件解決の糸口を探しにあちらこちらフラフラと彷徨うはずだ。
とはいえこれがクリスティアの案だということが若干の不安要素だけれども。
「そう考えると思いましたので私も本日は休むと学園に連絡をしています。アーサー卿も夫人も仕事があるでしょうから本日のクリスティアの見張りは私が引き受けましょう」
「殿下!」
なんという素晴らしい婚約者なのだろうか!
幼い頃の婚約者選びのとき、優秀で先見の明を持っていたユーリならば正直言ってクリスティアよりももっといい相手を選べただろう。
幼なじみだからといっても会うたびに度を超した悪戯で迷惑しか掛けていなかったクリスティアのことを婚約者として選び、今日の今日まで見限らないでいてくれたユーリの懐の深さに救いを求める神様でも見付けたような眼差しで半身を立ち上がらせたアーサーはその手を強く、つよーーく握る。
「感謝いたします!どうかどうかクリスティーから目を離されないようお願いいたします!殿下が唯一の頼みです!」
「勿論です!」
同士のような空気が漂い今にも熱い抱擁を交わしそうな雰囲気の中、それを邪魔するようにコンコンというノックの音が響く。
このノックが無ければ感極まったアーサーがユーリを抱き上げて幼い子供にするような調子で一回転をして腰を痛めるところだっただろう。
「あぁ、クリスティーにも来るように伝えていたんです。入りなさい」
「失礼いたします」
アーサーの声に反応して外で待機していたらしいマースが扉を開き、クリスティアが中へと進み深々と頭を下げる。
「ご機嫌麗しく王太子殿下、お父様とのお話はもう終わりまして?」
「あぁ、クリスティー。喜びなさい、殿下は昨日の件でお前をとても心配しておられるようなので今日は共に居てもらうことになったんだ」
「殿下が?」
ユーリの対面に座りその顔をまじまじと見つめるクリスティア。
その心の内を全て見透かしているような思慮深い緋色の瞳に、嘘は言っていない心配なのは確かだとユーリが引きつり笑いをすれば、クリスティアはニッコリとさしてその胸に仕舞われた猛獣使いの気持ちを気にした風でもなく微笑む。
「わたくし一人でも平気ですわよ?」
「昨日の今日だ私も心配なんだよクリスティー。殿下もこうして来てくれたのだから、承知してくれるね?」
父の懇願する顔を今度はじっと見やり、クリスティアはふうっと溜息を吐く。
「まぁ、わたくしはどちらでも構いませんわ。お目付役が居ようと居まいとわたくしを逮捕しにニールが邸に来るかもしれませんので今日は何処にも出掛ける気はございませんでしたもの」
すっかり知られているらしいアーサーとユーリの腹の内を暴き、安心なのか不安なのか分からない言葉をもたらすクリスティア。
出掛けないとはいいことなのだが逮捕を待つというのは聞き捨てならない。
そんなことは期待するな、逮捕なんて以ての外だと口を開こうとしたユーリより先にクリスティアが更に言葉を続ける。
「それにね、わたくしの敬愛なる名探偵もおっしゃっておりますわ。事件を解決するにはただ椅子によりかかって考えるだけでいいと」
だから誰なんだその敬愛なる名探偵とは!
深く椅子に腰掛けて極上に微笑むクリスティアの口から度々出てくる謎の人物の一人。
幼い頃から口癖のように聞かせれているので慣れてはいるものの毎回ユーリもアーサーも誰とも知らないその人物を疑問に思いながらこの事件を解決する気でいるらしいクリスティアに、不安に曇らせた顔を見合わせるのだった。