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ムーサ劇団②

「舞台の降板にはヴィネア様がお付き合いなされていた方が関わっていたとお聞きしたのですが……その方とのお付き合いで揉めていたそうです。お心当たりはございますか?」

「さぁ、どうだったのかしら……でもそうだわ、舞台が変更になる前に支配人と長く話していた男がおりました。お金を貰ったようで……ディティは秘密クラブに出入りしていてその男性がよく迎えに来ておりました、いい男でしたからわたくしお付き合いしている人なのかと一度、尋ねましたら内緒と言われてしまいましたのよ。もしかするとその方がそうなのかしら。わたくし、ディティが亡くなったという記事を読んだときに、とても驚いたのを覚えておりますわ」

「驚いた?何故?」

「その男も一緒に死んでおりましたから」


 フッと笑ったマリーは煙草の灰を灰皿へと落とす。


「だからわたくしね、心中だと思ったのです。あの子のあの眼差し、あの男の人を見る眼差しはまさしく恋をする乙女でしたから。舞台が原因ではなく彼が原因だったのならば、自殺の納得も出来ましたわ。恋人同士になにがあったのかは分かりません。けれどディティは一緒に死ねて、欲しい物を手に入れられて満足でしたでしょう」

「それは、誰か覚えておいでですか?」

「えぇ、勿論」


 クリスティアがミサの名を呼び新聞記事からヴィネアと共に死んだ者達の顔写真を机の上に映し出させる。

 その並ぶ4人の男達の顔を見て、マリーがシガレットホルダーの持ち手で示した男にクリスティアは驚く。


「彼だったのですか?こちらのアルスト様ではなく」

「えぇ、間違いないわ」


 マリーが指したのはランス・トロワの姿。

 じっと空虚な眼差しでこちらを見つめるランス・トロワをマリーは示したのだ。


 やはりヴィネアはアルストではなくランスを愛していたのだ。

 ではどうして彼がヴィネアの主演舞台の邪魔をしたのか。

 一体、二人の間になにがあったというのか。

 謎を暴こうとしているのに新しい謎を与えられ、クリスティアは困惑する。


「わたくしはね、ディティのことは嫌いではなかったのよ。裏表のない素直な子でしたし、わたくしの後を姉さん姉さんと雛のように付いて回って……可愛らしかったの」


 姉さんはどうしてそんなにお美しいの?

 姉さんはどうしてそんなに人々を魅了できるの?

 姉さんのようになるにはどうしたらいいの?


 あの子が口癖のようにいつも聞いてきたこと、姉さん姉さんと。

 そして最後に交わされたのは、姉さんのように愛されたいと切実さをもって望まれた言葉。


 可哀想なヴィネア。

 愛されていたのに足りないと求め続けていた憐れな子。


「この劇団はねクリスティー公女、わたくしが奪い取るまでの間に本当に色々な問題だらけでしたのよ。ディティの件はその問題の一部でしたわ。だからわたくし、あの愚かな劇団主には責任を取ってもらうことにしようと、そう思ったのです。わたくしの舞台人生を全て賭けてでも」


 きっかけはヴィネアの死であったと言うように、マリーは吸い終わった煙草を灰皿に押しつける。

 その灰皿の中ではマリーの記憶に残る忌々しき前の劇団主の顔が浮かび上がっていた。


「あの男は不当な方法で売り物(女優達)を買っていたのですから、それなりの誠意をみせるべきでしょう?」


 マリーに全てを奪われ最後には路地裏でゴミを漁るような生活をしていた男を思い出し、美しく微笑んだマリーの表情は舞台のスポットライトの下で輝いていた名女優そのもの。

 誰もが魅了されるその微笑みを浮かべて、自らが満足する結果を得られたことを語る彼女に、クリスティアも微笑み返す。

 その誠意はまさに正当であると、魅入られ、頷かされているように。


「次の公演は殺人事件を舞台にしたミステリーを行う予定ですのよ。きっとお気に召してくださるはずですから是非いらしてくださいね」

「まぁ、それは楽しみだわマリー。殿下をお誘いして必ず観劇いたします」


 それが劇団主マリー・ドフスの貴重な時間を頂戴した十分な対価となるであろう。

 この国の王太子殿下が見たとなれば貴族達はこぞってその公演を見に来るだろうから。


 クリスティアの差し出した対価に十分だと満足げなマリーの視線の先で、一体どんな探偵が活躍するのか、どんな事件が起きるのか。

 探偵が活躍する物語はどんな物語であろうとこの胸を踊らせるのだと、この謎多き事件で働く灰色の脳細胞を少しだけ休めるように、クリスティアは偽りの事件へと思いを馳せるのだった。

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