ムーサ劇団①
「お待たせしてしまって申し訳ございませんわねクリスティー公女」
「いいえ、マリー。こちらこそお忙しいところお邪魔してしまってごめんなさい。先程の公演、全体的にはとても素晴らしかったわ」
「お褒めに与り大変光栄でございますが、第二幕での冒頭で若い子がミスをしたのもお分かりになられたことでございましょう。ああいったミスはすぐに指導しなければ、バレてやしないと思って人はすぐに怠慢になるものですわ」
「相変わらずお厳しいのね」
「演劇はわたくしの人生ですもの。それで、本日のご用件はなんでございましょう?また新しい脚本でもお書きになりましたの?」
王国一の劇団で看板女優だった彼女が突如引退し、その劇団の支配人となったのはかれこれ20年前の話だ。
黄金よりも輝かしい黄金色のフレンチショート、サファイアよりも煌めくブルーの瞳。
50歳を過ぎてもその美しさが衰えることのない魅惑の女神アーディーことマリー・ドフスは真っ赤なルージュの唇を上げて、クリスティアを悪戯に見つめる。
「ふふっ、あのような戯れは二度としないで欲しいと殿下にきつく言われておりますわ。本日はヴィネア・レグラスについてお聞きしたいのです。こちらの劇団に所属されていたとお聞きしたのでお話しをお伺いできればと……彼女達が亡くなった事件を調べているものですから」
「ヴィネア・レグラス。まぁ、なんと懐かしい名でございますこと。うちではディティと名乗っておりましたわ」
驚きに瞼を見開いたマリーはだがすぐに、憂鬱げに視線を落とす。
「それで?ディティのなにが知りたいのでございましょう?」
「彼女が亡くなる前に主演舞台から降板させられたとお聞きしました。それが自殺の原因になったと思いますか?」
「あぁ、主演……ね」
フッと嘲りを滲ませて口角を上げたマリーは机の上に置かれたシガレットホルダーを持ち上げて見せる。
クリスティアがそれを見て頷くと、煙草に火を付け、深く煙を吸い込み、ふぅっと天井へと過去を思い出すように吐き出す。
「前の支配人と関係を持つことで漸く得られた主役の座でございますわ。そうしなければ……ディティに主役の座など到底無理な話し。両親に甘やかされて、欲しい物はなんでも与えられて育った我が儘なディティ。世間は自分を中心に動いていると信じて疑わない憐れなディティ。あの子はある意味、純粋でしたわ」
「まぁ、そうなのですか?」
「ディティはね、傲慢な女でしたわ。そして強欲でもあった。欲しい物はなんでも手に入れないと気が済まないタチ。主役の座もそう。どれだけ実力があろうとも自分より見た目の劣る者が主役を演じようものならば烈火の如く怒って、ありとあらゆる手を使って妨害しておりました。華やかさはある子だったけれど演技は大して上手くない、名も与えられないその他大勢の役が限界の子でしたのに……」
その華やかさは舞台に上がる者として最低限に必要なラインでしかなかった。
そのラインを越えられないヴィネアは、本来主役になど到底なれるはずはなかった。
なにかズルをしなければ。
だからヴィネアは舞台に上がれることだけに満足をしていれば良かったのだとマリーは消えゆく煙を見つめながら考える。
そうすれば……自らを差し出すことはなく、騙されることもなかったというのに。
とはいえそれだけで満足出来ないのがヴィネアという女であることもマリー分かっていたので今更、考えても詮無いことだと再び煙草の煙を肺に入れる。
そうやって手に入れた主役の座という砂の城は結局、その玉座に座る前に呆気なく崩れ落ちてしまったのだから。
「でもね、ディティがそれだけで死んでしまうなんて……わたくしは思いもしなかったわ。あの子はどちらかといえばそれをネタにして主役に返り咲こうとするタイプでございましたから。現に主役の座を降ろされたときには前の劇団主の所に怒鳴り込んで行って、警察に訴えられたくなければどうにかしろと脅していたくらいですもの」
感情的に、怒りに任せて前の劇団主に襲いかかったヴィネアのことを他の劇団員達が必死になって止めていた。
あの劇団主は悪い噂の耐えない男だった。
稼ぎ主であるマリーには敬意を払っていたが、いつだって下品で下劣な視線を向けてきていた男。
そんな男にされた仕打ちを苦にしてヴィネアが自殺をするなんて考えられなくて……マリーは大変に驚き、訝しんだのだ。




