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ヴィネア・レグラスについて③

「姉はいつだって不安定でした。でもあの頃は特に酷かったのです。お付き合いしている人との間にトラブルを抱えていたり、大好きだったお芝居も主演というプレッシャーからかあまり上手くいっていなかったようで……お酒を飲んでは暴れて両親を困らせてばかりでした。だからそんな姉にいつだって私は反発して……家の中は最悪の雰囲気でした」


 なにもかもが最悪だった。


 フィアはヴィネアの顔を見ればいい加減に皆を困らせるのは止めてと文句を言い、ヴィネアはフィアの顔を見ればその態度に傷ついた可哀想な姉を演じる。

 反目し合う二人に両親はいつも頭を悩ませていた。


「そしてそんな姉を気遣い、慰めてくれたのはいつだってランスお兄様でした」


 友人としてレグラス家へと度々訪れていたランスは塞ぎ込むヴィネアを励まし、救おうと尽力していた。

 それはまさに彼が目標とする神の信徒としての振る舞いだったのであろう。


「ランスお兄様は本当にお優しい方でした。姉を気遣うと同時に私にも優しく接してくださって……だから私、姉の態度には余計に腹が立ったのです。姉は自分が不安定であればあるほど、そう振る舞えば振る舞うほど、ランスお兄様が自身を気遣って側に居てくれると分かっていたから……お優しいランスお兄様の気が引けると姉は分かっていたのです!」

「それはつまり……ヴィネア様は……」

「えぇ、そうです!姉はランスお兄様のことを愛しておりました!」


 それは衝撃の事実であった。

 ヴィネアはアルストと付き合っており、ランスへの慕情など誰からの証言もなかったからだ。


 それにランスを愛していたのならば何故、ヴィネアはサンドス家へと婚約への文句を言いにいったのか。


「初めからそうだったのです!女遊びの激しいアルスト様とのお付き合いも元々はランスお兄様の気を引きたくて始めたことでした!アルスト様のことで悲観になればなるほどランスお兄様が同情し、慰めるために側に居てくれると姉は分かっていたのです!だからランスお兄様が神官になるというお話しを聞いたとき姉は酷く動揺したのです!」


 グッと力を込めてハンカチを握り締めたフィアは懺悔するように体を丸め続ける。


「私が、私が悪いのです!お兄様のペンダントを見て、そしてそれが神官候補の方に与えられるペンダントだと知って、いつものように姉と口喧嘩をしたときに言ってしまったのです!ランスお兄様は神にお仕えする身となるのだから諦めるべきだって!お姉様のような人から神がランスお兄様を守ってくださるのよって!姉は驚いて、自分の側から離れることを露とも思っていなかったというように焦って……そしてトロワのご両親へとランスお兄様が神官になろうとしていると密告したのです!」


 自身の愚かさと姉への怒りに体を震わせたフィア。

 ヴィネアの理不尽さに振り回されてきた家族として、それがランスにまで及んだことに……フィアの怒りはあの日とうとう限界へと達したのだ。


「姉の目論見通り、ランスお兄様はご両親に咎められ神官になる夢を諦めました。それは心から姉を慰めていた方にする仕打ちではありません。あの頃はランスお兄様も大変な時期で、ご友人を亡くされたり……私、その、一度お見かけしたのですが一緒に亡くなった男の人、確かウエインとかいう方に脅されていたりして。神だけがランスお兄様の心の支えとなっていたというのに……それなのにその支えを奪った姉が憎らしくて……腹立たしくて……それで私、あの亡くなる前の日にいい加減にしてと怒ったのです。姉の我が儘に振り回される身になって欲しいと。姉のせいで皆が不幸になっているとそう怒鳴ってしまったのです」


 そう、あのヴィネアが死ぬ前の日に。

 次の日に亡くなるなんて思わずに、怒りにまかせてフィアは姉を叱責したのだ。


「でも姉は笑っていたのです。心配しなくてももう終わると、これで私達は幸せになると……」

「幸せに?それは……自らの命を終わらせるという意味なのでしょうか?」

「分かりません、分からないのです。でもそうだと思います。私、まさか死ぬだなんて思わなくて……お姉様が居なくなれば皆幸せになれるって怒鳴ってしまって……」


 怒りに任せて吐き出した自身の言葉。

 それがまさか現実のものになるとは思ってもいなかった……。


 後悔に流れ出た涙をハンカチで拭ったフィアは、ハンドバックから一冊のノートを取り出しクリスティアへと差し出す。


「あの、これを……」

「日記……ですか?」

「はい、姉が亡くなる前に書いていた日記です。私はどうしても姉が自殺だとは思えず。いえ、責め立ててしまったので思いたくなかったです。私のせいだなんて。なので残された姉の部屋を色々と調べたときに見付けた物です。公女のお話しをお聞きしたときになにか手助けになればと、部屋から取ってまいりました」

「お借りしてもよろしいのですか?」

「勿論です、どうかなにかお分かりになりましたら私にもお教えください。どうか、どうかお願いいたします」


 花の咲く日記帳を受け取ったクリスティアを見て深く深く頭を下げたフィア。

 自身が吐き出した言葉に苛まれ続ける憐れな彼女を見て思う。


 本当は誰も彼も、亡くなった理由を知りたいのだと。


 知りたいのに……知れないのだと。

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