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ヴィネア・レグラスについて②

「良い青年でした、本当に。ヴィネアとは互いの悩みを打ち明け合い、信頼しあっていたようです」

「彼が敬虔なる信徒でなければどれほど良かったか……私は罰当たりながらも神に彼を見捨ててくれるように祈ったくらいですわ」


 レオもナビアもアルストよりランスとヴィネアが結ばれる未来を望んでいた。

 それほど二人の仲は親密に見えていた。


「ランス様が打ち明けた悩みとはなにかご存じですか?」

「恐らくですが、神官になることへの悩みを打ち明けたのだと思いますわ」

「ヴィネア様はランス様が神官になりたいという望みをお持ちであることをご存じだったのですか?」


 ナビアの言葉にクリスティアは驚く、それは秘密であると思ったからだ。


「えぇ、ヴィネアが申しておりましたわ。ご友人を亡くされてから教会に足繁く通っていて、シンボルマークのペンダントを身に付けていると……シンボルマークのペンダントは神官候補に贈られる神からの最初の贈り物ですから。私はそんなはずはないと思ったのですけれど」

「ランスくんはトロワ家のご長子ですから、伯爵家にとって大切な跡継ぎです。普通のご両親ならば神の僕になることを許しはしないでしょう。神官候補になったことをご両親には隠しておらたはずです。だがヴィネアには信頼し、話したのでしょう」


 互いが互いに夢を諦めなければならない状況であった。

 ヴィネアは女優という夢を、ランスは神官という夢を諦め、絶望していたのかもしれない。

 だからあのようなことを……レオとナビアは悲しげに瞳を揺らす。


「ランス様は遺書を残しておいでだったそうなのですが、ヴィネア様はなにもそういった物を残されてはおられなかったのですか?」

「事件後に警察にも申しましたが邸中、くまなく探しても遺書のような物はございませんでした。薄情な娘です、本当に……」


 感情的で我が儘で、苦労の多い子だったけれどもそれでも可愛い娘だった。

 肩を落とす夫妻の年老いた姿を見てクリスティアは思う。


 クリスティアの前世である愛傘美咲の両親は彼女が幼い頃に既に他界していた。

 美咲には先生がいたのでそれを寂しく思ったことはあまりなかったが……。

 これがもし逆の立場だったのならば、両親が生きていて美咲が先に亡くなっていたのならば……両親は同じように寂しがっただろうかと。


 もし彼らと同じように娘の死を嘆き、悲嘆に暮れる両親であったのならば……あのような殺され方をした娘の死に様に会うことがなくて良かったのかもしれないとクリスティアは思う。


「最後にヴィネア様が所属していた劇団名をお教えくださいますか?」

「ムーサ劇団です。そこの女優さん……確か、アーディーという方に大変可愛がってもらっていましたわ」


 ムーサ劇団ならクリスティアもよく知っている。

 女性ばかりで構成されている劇団で、アーディーは今は引退しているが、そこのトップ女優だった人だ。

 話しを聞かせてくれたことに感謝を示してクリスティアは部屋を辞する。


 レグラス夫妻の話を頭の中で整理しながらテラスハウスの外へと出て、馬車へと乗り込もうとすると小走りで近寄ってくる足音が後ろから響く。

 夫妻のどちらかがなにかを伝え忘れて追いかけてきたのだろうか……その音に後ろを振り返ろうとしたクリスティアの耳に、夫妻の声とは違う自身を呼び止める高い声が響く。


「もし、もしランポール公女」


 振り返り見たクリスティアの視界に花柄のストールを頭に被ったクリーム色のドレス姿の女性の姿が映る。

 呼び止めるために手を伸ばした女性は立ち止まったクリスティアを見て、ストールをその頭から外す。


 その姿を見て、クリスティアは驚きで瞼を見開く。


 その容姿は新聞記事の犠牲者欄に載っていた唯一の女性被害者であるヴィネア・レグラスによく似た女性だったからだ。

 まさに死した本人が今、クリスティアの目の前に立っているのだ。


「あの私、フィア・アライン……あっ、いえフィア・レグラスと申します。ヴィネアの妹で、よろしければお話しをさせていただけませんか?」

「まぁ、そうなのですね……ヴィネア様に良く似ていらして、驚きましたわ。えぇ、勿論です。近くに懇意にしているのカフェがございますからどうぞ馬車でご一緒いたしましょう」


 そうして驚きの中で商業街の中にあるカフェへ移動してきた一同。

 二階にある個室に通されたフィアは向かい合って座るクリスティアにおずおずと話し始める。


「申し訳ございませんお引き留めしてしまって……改めましてヴィネアの妹のフィア・アラインと申します。私、結婚を機に家を出ておりまして……本日はたまたま偶然、両親に会うために帰ってきたところ、あの立ち聞きをするつもりはなかったんですけれどもお話しを聞いてしまって……姉の件をお調べしていると」


 立ち聞きをするという自分の無作法さに申し訳なさげに瞼を下げ、落ち尽きなく手に握ったハンカチを弄ぶフィアはオーダーを聞きに来た店員にビクリと肩を震わせると暖かいコーヒーを頼む。

 クリスティアも同じ物を頼むとルーシーに目配せをする。

 店員と共に部屋から出たルーシーが話の邪魔にならないタイミングでコーヒーを持ってくるようにするためだ。


「えぇ、ご依頼をいただきましてあの場でお亡くなりになられた方々のご遺族にお話しをお伺いしております。フィア様はお姉様がお亡くなりになった理由をなにかご存じなのですか?」

「あの私、私はその頃、10代の子供で……姉とは8歳ほど歳が離れておりましたから。だからまさか姉が本気でそこまで追い詰められているとは知らなくて……姉は、なんというか常に自分が注目を浴びていないと気が済まない人でした。小さなことでも大きなことのように振る舞って、人の気を引いて……気が引けなければ癇癪を起こす。私達家族はそんな姉にいつも振り回されてきたのです」


 フィアはそういって姉への後悔を思い出してか言葉を詰まらせると、深く息を吸い込んで吐き出す。

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