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アルスト・サンドスについて②

「あぁ、あとエレイン・トロワの兄も婚約には不満を示していたな」

「ランス様ですか?」

「そう、ランス・トロワ。婚約が決まった後にパーティーで会ったんだが……妹には既に想う人が居るというのにどうして婚約を許可したのかと、今すぐ撤回して欲しいと詰め寄られたんです。私は貴族同士の結婚に感情など不要だろうと、むしろ侯爵家の血筋と結婚出来るのだから感謝をして欲しいものだと、彼の訴えを一蹴しましたが」

「既に想う人が居る?」


 訝しむように眉を顰めたクリスティアを見てサンドスは間違いないというように頷く。


「そう言っていましたよ。馬鹿な弟です。なにがあったのかは知らないが彼女を支えられるのは自分だけだと両親に切々と訴えていたが、支えて欲しかったのは自分のほうだったのでしょう。最終的にはランス・トロワも納得したようで……弟に会いに邸に来ていたときにヴィネア・レグラスをどうにかしろと言っていました。妹に危害でも加えられそうで恐れたのかもしれません。けれどそれから暫くして……アルストは自ら命を絶ちました。結局どう生きたところで将来に対する不安を拭うことは出来なかったのでしょう。あんな弟と一緒になったところで誰も幸せにはならなかったはずですから」


 大して才能のない侯爵家の次男。

 身分を笠に着て偉ぶるではないが、将来のための努力をするわけでもない、享楽的に生きていた弟。

 そして想う相手も……地位によってでなければ手に入れられなかった憐れな弟はそうして死んでしまったのだとカイウスは机の上に置いた新聞を見つめる。


 その新聞記事には何処かの貴族の次男坊がその素行によって排斥され、近々戒律の厳しい寄宿学校へと追いやられることが面白可笑しく書かれていた。


「とはいえ生きていれば……どうにかはしてやれたんですけれどね」


 ポツリと呟いたカイウスが何故、このカフェに足繁く通っているのかをクリスティアは知っている。

 弟に対して呆れたような物言いをしているが、カイウスが当主となってからサンドス家ではその傍系に至るまで、年齢に関係なく優秀な者がその家系の後を継げるように、溢れた子達が真っ当な生活と仕事を得られるようにと手を尽くしている。

 それは長兄ではないからと、優秀ではないからと、子を捨てることに抵抗のない彼が見てきたであろう貴族社会とは真逆の景色だ。


 彼がこのカフェへと訪れるのも、家督を継ぐことの出来ない憐れな長兄以下に手を差し伸べるため。

 紳士クラブの名残のあるこのカフェはそれを懐かしんだ貴族達の利用が多い。

 そういった者達との出会い求めて、自分の未来をより良きものにしようと意気込んで、このカフェを訪れる若者も同じく多くいるのだ。

 カイウスはいつだって同じ時間に同じ時間だけこのカフェに滞在し、そういった若者達から声を掛けられるのを待っている。


 時代が移り変わっても変われない者達から誰かを救うため。


 弟の死は彼の心にも深い傷を残しているのだ。


「お話ししてくださって感謝いたします。カイウス卿」

「ふっ、次はこういう方法ではなく事前に約束を取り付けるべきです、それが貴族としての振る舞いというものですから。私も暇な身ではないのですよご息女」


 眼鏡を掛け直したカイウスに、承知したと言うように立ち上がり頭を下げたクリスティア。

 二人のやり取りの終わりを待っていたかのように一人の青年が戸惑い気味にカイウスに話し掛ける。


 時代は変わったけれども変わらないものもある。


 それが長い間、脈々と受け継がれてきた矜持ならば特に……変わり難いものでもある。


 あの青年はアルストとは違い自分の未来をしっかりと見据えているのだ。

 見据えた結果、カイウスという藁を見つけ出し縋ることにしたのだ。

 より良き未来のために。

 そういった青年を救うカイウスはまるで……助けることの出来なかった弟への務めを果たしているかのようにも見えていた。

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