ドレット・モスマンについて②
「エレイン様はドレット様に好意をお持ちだったのでしょうか?」
「エレインが?ないない。俺達のような底辺には到底手の届かない高嶺の花。まずそれにエレインにはガレスも居たしな、その頃には死んじまってたけど……死んだからすぐに別の相手をって子じゃなかったさ」
そう言うとルフは内緒話をするように身を乗り出すと小声で話し始める。
「ここだけの話。ガレスの事故はドレットの仕業だったんじゃないかって思ってるんだ」
「なにかお心当たりでも?」
神妙な表情で頷いたルフ。
証拠はないようだが、確信はしているその口振りにクリスティアも机に身を乗り出す。
「俺達がその頃にメインでやってたのは競馬レースでのいかさまだ。ライバルの馬を薬で興奮させてレースに出させない、もしくはレース中に暴れさせて騎手を落とさせる。負けのないギャンブルだ。その薬が二本、ガレスの事故の前に減っていることに俺は気が付いたんだ」
「ルフ様は薬がどうして減っていたのか、ドレット様に理由をお聞きしましたの?」
「不注意で割っちまったって言ってたよ」
そのときのことを思い出してルフは身を震わせる。
ドレットが興奮したような、浮かれているような笑みを浮かべて割ったのだと、滅多と謝らない男が悪いなと謝ったことを思い出して……。
ルフはドレットがそう言うならばと納得してそれ以上の詮索はしなかった。
だが事故が起きたのだ。
ガレスの不幸な事故が。
ルフはドレットがどんなことをしても欲しい物を手に入れる奴だと分かっていた、分かっていたが……その時になって初めて、それは手段を選ばないものなのだと恐ろしくなったのだ。
「そのお話しを誰かになさいましたか?」
「……ランスには、暫く経ってから話した気がする。いや、話したかな?」
「どっちだ!ハッキリしろ!」
「話した!話したんだ!ドレットがガレスのことでエレインを慰めてるなら気を付けろって!」
絶対にランスがエレインとドレットの仲を応援するはずがないという言葉には、ガレスの不審な死にドレットが関わっているかもしれないとランスに告げ口したことがあったからだ。
ルフもエレインに、懸想していた一人だった。
この想いが叶わないのは十分理解していたからせめて、彼女を守りたかったのだ。
「エレインにはさ、幸せになってもらいたかったのよ。俺みたいな奴に唯一、平等に接してくれた子だったから……ドレットみたいな奴とは絶対に幸せにはなれないだろ?」
人手が足りないからと駆り出され、孤児院の子供達と公園へとピクニックに行ったときに広場に咲くシロツメグサで作った花冠をお礼だと言ってルフの頭に被せてくれたエレイン。
似合わないと笑うドレットに恥ずかしくなってそれを取ろうとすれば、笑うなって失礼ねっと怒って……ルフの腕を組んで引き寄せると、お揃いで可愛いでしょうと同じシロツメグサの冠を頭に乗せて微笑んでくれた。
そのときのドレットの嫉妬に塗れた表情は実に見物だった。
太陽みたいに明るくて誰にでも優しくて、孤児院の誰もが彼女に惚れていたといってもいいくらいに誰からも好かれていた。
だからドレットなんかと一緒にさせるわけにはいかなかった。
ドレットとは幼い頃からずっと一緒に過ごしてきたんだ、どんな奴かなんてルフは誰よりも分かっている。
あんな奴と一緒になっても、エレインは絶対に幸せにはなれない。
「でももし、これが本当に自殺だったなら……エレインを自分のモノに出来ないって悟ってドレットは悲観したのかもしれない。だからサンドスと一緒に死んじまったのかも……死なば諸共ってね。そうやってエレインを守ったのかも。俺がエレインを最後に見たのはドレットの墓参りをしている姿だった。だからさ、ドレットは喜んだんじゃねぇかな……あいつは死んでもエレインの心には残ってたってことだから。俺はきっと誰の心にも残らねぇからさ」
悲しげに瞼を伏せたルフ。
人生を振り返れば碌な人生を歩んで来なかった。
ルースが来る前の孤児院では不細工だからという理由でいつだって職員からの暴力を受けていたし、大人になってからも……ドレットに言われるままに人に恨まれるようなことばかりしてきて、抜け出す方法が分からなくなり結局、今もなお刑務所を出たり入ったりしている。
自分は必要の無い人間だと、誰からも愛される人間じゃないと、劣等感に塗れた心は腐り続けて……いずれ一人、誰にも知られることなく孤独の中に死んでいくのだ。
だからドレットが羨ましい。
その死が安らかであるようにと祈りを捧げてくれる誰かが一人でもいたのだから。
「ルフ様。ルース院長から言付けをお預かりしております。いつでも帰って来ていいと、あなたがどんな子でも可愛い子だと。今からでも遅くありませんわ、あなたにだってこれから誰かの心に残るような人生をきっと歩めるはずです。それにルース院長はずっとあなたを心に残しておいでですわ。じゃがいものポタージュを作って帰りを待つ母を、どうか安心させてあげたください」
「うっ、うぅっ」
名が変わった頃に孤児院で一番最初に食べた暖かなそのポタージュ。
何度もおかわりをするルフを見て嬉しそうに微笑んだルースが、そんなに気に入ってくれたのなら誕生日にも作ってあげると優しく頭を撫でてくれたことを思い出す。
多くの子供達を面倒みてきただろうに、人の好物なんてまだ覚えていたのか……。
肩を震わせ流れる涙を子供のように袖で拭うルフの劣等感に塗れたその心が少しでも救われるように。
クリスティアは机の上で拳になって震えているその片方の掌に、そっとハンカチを握らせたのだった。




