ウエイン・オクニールについて②
「まぁ、申し訳ございません。わたくしの侍女はわたくしに無礼な振る舞いをなさる方を大変に嫌うものですから、弁償いたしますわ」
「いや、構わねぇよ……孫達の無礼を謝罪しよう。まだ若いから血気盛んでな、トロワ家と聞くとつい頭に血が上っちまう……お前達も大人しくしときな。この侍女さんはお前達が束になっても敵わねぇお方だ」
我が主に無礼な態度をとる者を何人たりとも許すまじ!
大人しくなる前に大人しくしてやろうか、というルーシーの殺気によって既に大人しくなっている孫達を制したロージは、気乗りはしていないようだがクリスティアにソファーを勧める。
「立ち話もなんだから座りな。それで、お嬢ちゃんはなにを知りたい?」
「失礼いたします。わたくしのメイドがこちらの商会でお世話になっていたそうですから、どうぞ親しくクリスティーとお呼びください。わたくしはオクニール様が知る全てを知れたらと思っております。ガレス様が事故で亡くなりウエイン様が自殺をなさる間までのランス様との関係を。ランス様はガレス様が亡くなって何度も謝罪に訪れていたとか」
ソファーに座ったクリスティアと、その後ろに控えるルーシーの凶行にどん引きしている可愛らしいメイドを見てロージは思い出す。
確かにうちで派遣登録をしていた平民の子だ。
何カ所も仕事を紹介してやり、忙しく、目まぐるしく働いていた子。
惚れっぽい孫の内の一人が、いつも疲れていて眠たそうにしている様を心配していた子。
今はいい生活をさせてもらっているのだろう。
血色良く着ている服装(メイド服だが)も上等品、貴族のご令嬢に可愛がってもらっていることが分かる姿を見たロージは、ふぅーーっと深い溜息を吐く。
「可愛い息子達だったよ。ウエインは少し問題があるところはあったがそこが可愛かった。ガレスは鳶が鷹を産んだってくらい頭が良くて優しくて……うちに生まれてこなければもっと良い人生を歩めただろうよ」
椅子に深く腰掛け天井を見上げたロージは思い出す。
可愛い息子達のことを。
「トロワの坊ちゃんはな……本当に良い子だった。両親と違ってな。ガレスが亡くなってからはほぼ毎日墓に花を手向けに来ていたし、罵声を浴びせられようが水を掛けられようが何度も家に謝罪をしに来ていた。俺と妻は家族以上にガレスの死を嘆いていた憐れなあの子を許したさ。警察から事故だと説明は受けた、目撃者だっていた、この上なく運が悪かったんだと納得するしかなかった……だがウエインはそうじゃなかった。末っ子のガレスを一番可愛がっていたからな、どうしても許せなかったみたいで……トロワという名を、貴族という貴族を全て憎んだのさ」
平民と貴族という身分を越えて仲良くなり、友情を育んだ時間は一瞬で崩れ去り、その全ては憎しみに変わった。
大切な家族を亡くして。
「まぁ、以前からトロワ家の親どもが俺達の家業の邪魔をしていたのもウエインが許せなかった原因だったんだろう」
「邪魔を?」
「あぁそうだ、トロワ家は生粋の貴族。そのプライドからあの親どもは平民と付き合うことを極端に嫌がっていた。うちのガレスとトロワのお嬢ちゃんとの噂もあったから余計、目の敵にしていたのさ。笑わせるだろう。自分達の将来のためにお嬢ちゃんを売ろうとしていた奴らが、お嬢ちゃんを守るためだと宣って俺達の邪魔をする。トロワのお嬢ちゃんは兄と一緒で良い子だった。ガレスに紹介されて会ったことがあったが……自分を道具としか思っていない父親より俺みたいな父親が欲しかったといつも嘆いていたよ」
その頃は用心棒を生業としていたオクニール家。
貴族になりたての新興貴族の護衛や他国へと買い付けに行く商人達の護衛が依頼者の多くだったが、その依頼人をトロワ家は契約寸前に奪うという行為を何度も繰り返していた。
平民の用心棒より貴族の護衛騎士のほうが信用価値が高い。
新興貴族は伝統的な貴族からの手助けを受けて得られる社交界への伝手を手に入れられる状況を逃さず、商人達は顧客である貴族に平身低頭であった。
しかもオクニール家より安価で護衛騎士を貸し出すとなれば当たり前だが誰もがそちらを選ぶ。
そうやって何度も仕事を奪われ、ウエインの怒りも溜まりに溜まっていた。
ガレスとエレインのためにその怒りを抑えていたのだが……ガレスが亡くなってとうとう我慢の限界を迎えたのだ。




