ウエイン・オクニールについて①
ラビュリントス王国で人材派遣会社を生業にしているオクニール商会は商業街と平民街の境にあった。
アリアドネが扉を開くとチリリンと甲高いドアベルが鳴り、来客を告げる。
商会内は派遣の登録を待つ者達、派遣先を斡旋して欲しい者達が数名ほど雑談をしながら自身の名が呼ばれるのを待っていた。
「いらっしゃいませ……って、あらアリアドネちゃんじゃない!」
「お久し振りです」
入り口から入って真っ直ぐと、受付へと歩みを進めたアリアドネの姿を見てカウンター越しに受付の女性が驚いた声を上げる。
オクニール商会はアリアドネがクリスティアのメイドになる前、大変お世話になった商会でもある。
日当を貰えるバイト先を何社も紹介してもらい、フォレスト家の日々の生活を支えてもらっていたのだ。
「どうしたの?いい就職先が見付かったからもうお世話になることはないと思うってお礼を言いに来てくれたのに……もしかしてクビになっちゃった?」
「ち、違いますよ!」
若いというのに遊びもせずに必死に働いて両親の借金を返して……。
あまりの苦労っぷりに商会の職員達もアリアドネに同情的で、大変彼女を可愛がっていた。
そんな彼女が安定した収入の見込める貴族のメイドになるのだと聞かされたとき、両親共々そのお邸に住むことになったのだと聞かされたとき、商会の皆は喜んだというのに……。
まさかのクビで、再登録の申請なのか。
アリアドネは可愛らしい顔立ちから派遣先での評判が良かったので、戻ってきてくれるのならば大歓迎だけれども……。
細く痩せこけていたときとは違い、少しふっくらとして健康的な顔立ちになったというのに、またあの苦労の日々に戻るのかと心配する女性に、そうじゃないというようにアリアドネがチラリと後を見るので釣られるようにしてそちらを見れば、侍女を連れたどう見ても貴族のご令嬢がニコニコと二人のやり取りを微笑ましげに見つめている。
つまりこの方がアリアドネのご主人様なのだ。
どうやら再登録の話ではないようなので受付の女性は慌てて居住まいを正す。
「あらやだ、申し訳ございませんお客様。アリアドネちゃんとは顔なじみでしたのでつい話し込んでしまって……」
「いいえ、気にしておりませんわ。アリアドネさんはわたくしのメイドとしてこの先もずっと働いてもらうつもりですから、どうぞご心配なさらずに」
「なら安心ですわ。でしたら本日は人をお捜しでしょうか?こちらでは執事、侍女、メイド。人でしたらどんな役職でも、ご希望に沿った人物を派遣いたしております」
「そうね、でしたらウエイン・オクニール」
「えっ?」
「それとガレス・オクニールを知る人物を紹介してくださるかしら?」
思いも寄らない名前を告げられて驚き、瞼を見開いた女性は、少々お待ち下さいと言うと慌てたように裏へと姿を消す。
そして数分後、別の男性によって案内されたのは二階にある応接室。
壁にはハンティングされた多くの鹿の角が飾られ、床には動物達の毛皮。
強面で屈強な二人の若い男の間で窓を背にした革張りの一人掛けソファーに白髪の髪を後ろへと撫でつけた老齢の男性が座っている。
二人の若い男達にも負けず劣らずの大柄であり、開いたレースアップの胸元から隆々とした筋肉を覗かせている男性は、入ってきたクリスティアを灰色の鋭い眼光で睨みつけると重々しい声を上げる。
「初めましてランポール家のお嬢ちゃん。こんな狭っ苦しいところにわざわざお出で下さってまで、なんだってウエインとガレスのことを探ってるんだい?」
流石人材派遣を生業にするとあって、人に対する情報に明るいらしく、お前が誰か知っているとわざとらしく家名を呼んだこの商会の主、ロージ・オクニールは低く脅すように、緊張感を携えた声音でクリスティアに問う。
だがクリスティアはそんなロージの態度を意に介さず。
ニッコリと微笑みを浮かべると、礼儀を示すようにスカートの裾を持ち上げて優雅に気品に溢れたお辞儀をロージへと贈る。
「お見知りおきくださって感激ですわロージ・オクニール様。正確にはお二人のことを探っているのではなく、ご一緒に亡くなられたランス・トロワの自殺の理由を調べているのです」
「んだと!」
「テメェ!トロワ家の人間か!?」
同じように情報を持ってこちらに来たのだと、同じようにロージの名を告げることで暗に伝えるクリスティア。
それに警戒した二人の若い男達が声を荒げるが、それと同時に目にも留まらぬ早さでクリスティアの前へと庇うように出たルーシーが腕を振り上げる。
バキッ!!
ロージと二人の男達の前にある厚みのある一枚板のテーブルがルーシーの拳によって真っ二つに割れる。
そう、普通の人間ならば割れないだろう。
厚さが5センチほどあったのではないかというくらい厚いテーブルが真っ二つ。
広がる沈黙にクリスティアは悪気ない声を上げる。




