第一発見者のウエイター③
「それから30分間は私も気を張っていたので部屋を今まで以上に注視していたのですが本当にお静かで……それで時間になるとすぐにお声をお掛けしのですが返事はなく。耳を澄ませてみても息遣いも聞こえないほどの静寂で皆様、こちらに声を掛けずに帰られたのかと疑うほどでした。ですが30分後の命がありましたので扉を少し開けて中を覗いて見れば皆様のお姿がある。なにかに集中されていて声が聞こえなかったのかと扉をノックして新しいお飲み物をお持ちしましょうかと言いながら中に入ったのです。聞かなければオーナーに怒られますから。それでも誰からも返事がなくて……なんだか異様な雰囲気に恐ろしくなりながらもテーブルに近寄ったら皆様、口から血を流し……死んでいたのです。本当に皆様にこやかで、これから死のうとしているだなんて思わなくて」
ブルブルと震えるイズの脳裏で5人の遺体が椅子に座り横たわっている。
つい先程まで賑やかな声を上げ、笑っていた者達の変わり果てた姿。
イズはそのあまりにも恐ろしい光景に腰を抜かし、扉の外に這って出ると別の従業員に警察への連絡を頼んだのだ。
「あなたの目には誰もが自殺をなさるようには見えなかったのね?」
「勿論です!」
皆、本当に浮かれているように見えたのだ。
これから良いことがあると期待しているかのように。
未来は明るいと信じているかのように。
それが死という期待であり未来であると、イズは思いもしなかった。
「それからすぐに警察の方々がいらして。亡くなり方が亡くなり方でしたので最初は殺人として捜査をなされていたみたいで……僕は第一発見者として何度も警察署に呼ばれました」
第一発見者を怪しむのは警察としてはよくあること。
ドレッドに良い感情を持っていない従業員ならば尚のこと、疑いは深くなったはずだ。
何度も警察に呼ばれるイズに近所からはアイツが犯人なんじゃないかと噂を立てられ、疑われ。
集団自殺と結論が出てからは何故分からなかったのかと責められたイズはすっかり人間不信になり。
オーナーの居なくなった店は必然と閉店となり職も失った。
この事件でイズの心に残されたのはトラウマだけであった。
「僕は、僕がもしかすると皆様の自殺を焦らせてしまったのかもしれないと考えるときがあるのです。警察の方は最後の晩餐を食べ終わらずに死んだことを不審がっておいででしたから。どうせ死ぬならば最後に美味しい物を食べて死んでも遅くはないだろうと。僕があの時、お声をお掛けしてしまったばっかりに思い留まる時間を奪ってしまったのではないかと……誰かが部屋に入って来るかもしれない焦りから30分というタイムリミットを与えてしまったのではないかと!」
グルグルと巡る後悔と罪の意識はイズの良心を激しく責め立てて、そして先の見えない扉を開くことができないトラウマを与えたのだ。
「お辛いことを思い出させてしまってごめんなさいイズ。でもあなたのせいではないわ。全ては皆が選んだことであり、覚悟はとうの昔に決まっていたはずです。それが食前であろうと食後であろうと関係はなかったはず。ただあの日、あの場であっただけのことにあなたは巻き込まれた被害者にすぎないわ」
気に病む必要は無いと同情を込めた眼差しでイズを見つめる緋色の瞳。
赤の他人は誰もがイズのことを加害者かのように扱った、家族や友人以外は誰もが。
それなのに事件から随分と経った今、赤の他人であるこの少女に自分のことを紛れもなく被害者だと認めてもらい……イズの心は少しだけ軽くなった気がする。
「……あの、僕の話は誰かのお役には立つのでしょうか?」
「勿論よ。あなたのお陰でわたくしの依頼人は良い未来へと向かうことが出来るはずだわ」
「それなら……良かったです」
同じように苦しんでいる誰かの救いになるのならば。
こんな嫌な記憶でも話して良かったのかもしれないと安堵したように俯いたイズへと、クリスティアは場の雰囲気を変えるように明るい声を上げる。
「さぁ、暗いお話しはこれくらいにして食事にいたしましょう、こちらのレストランのおすすめはなにかしら?」
「えっ!?あの、ここはその、大衆食堂で……」
驚いたイズが瞼を見開き顔を上げる。
この店は大衆食堂。
平民が多く訪れる食堂であって、どう考えても公爵令嬢のお口に合う料理なんて提供できる店ではない。
「まぁ、でもレストランなのでしょう?わたくしカボチャが好物なのですけれど、なにか良い料理はあって?」
「カボチャでしたら、スープとコロッケがおすすめです」
「でしたらそれをいただくわ。あとパンとサラダはイズのおすすめで。あなたたちもご一緒に食事にいたしましょう」
「やった!お腹空いてたの!」
「光栄ですクリスティー様」
嬉々としてクリスティアの向かい側に座るメイドとその姿をギロリと睨みつけながらも恭しく頭を垂れて嬉しげに隣に座る侍女。
公爵令嬢に気後れしないメイドに、彼女に心底の忠誠を見せる侍女、そんな二人を寛容に受け入れる公爵令嬢……妙な組み合わせだとイズは改めて一同を見る。
「そうだわイズ、オーナーに伝えてくださる?この場所を貸してくださったお心遣いに、わたくし大変感謝をしていると。これは素敵なレストランの素晴らしい場所を提供してくださった相応の費用ですわ」
「こ、これは!」
侍女が差し出したそれは紛れもない借用書。
オーナーが長らく頭を抱えているこの店の開店時に抱えた借金!
完済されたその借用書を受け取り、微笑みを浮かべるクリスティアを見たイズは打ち震える。
なんだかんだいってイズのことが心配でウロウロと外で待っているオーナーが聞けば喜びで踊り狂うだろう!
イズもこの店が無くなるかもしれないという心配をもうしなくてもいいのだ!
「か、感謝いたします!本当に!」
駆け出すようにオーナーの元へと去って行くイズ。
現金だがイズはなんだか事件後、初めて胸がすくような気持ちになる。
自分が加害者ではなく被害者だということに。
この話で誰かが救われるかもしれないということに。
そしてこのレストランで末長く働けることに。
第一発見者となったトラウマは今日をもって克服する……なんてことにはならないだろうが、それでも今日この日、話をしたことは少しだけでもトラウマを乗り越えるための心の癒しとなったのかもしれない。




