第一発見者のウエイター②
「イズ、イズ。この事件があなたにとって忌まわしき記憶であることは十分に理解をしているつもりです。ああいったものを目撃してしまい、心にとても深い傷を負ったことでしょう。ですがこの事件に囚われているのはあなただけではないのです。事件のせいでこの先に訪れるはずの幸福を諦めなければならないかもしれない者がいるのです。どうかその者のためにお話しを聞かせてくださいませんか?」
「僕は、僕はあの事件の発見者となってから本当に苦労したのです!」
今は少しマシにはなっているが事件当時は本当に、本当に苦労したのだ。
「夜、瞼を閉じると遺体が並ぶあの光景が目に浮かび、何処かの扉を開く度にその先で誰かが死んでいるのではないかと恐怖で手が震え足が竦み扉を開けなくなったのです!あまりの恐怖に息が出来なくなる発作を起こしたこともあります!」
イズは事件以降暫く、まともな仕事に就くことさえ出来なかった。
だからこのレストランで働かないかと持ちかけられたとき、先の見えない扉を開くことが出来ないからとイズは断るしかなかった。
だがここのオーナーは口が悪いが本当に良い人で、イズの境遇を知り、内装を変え、個室のないレストランを開店してくれたのだ。
「さぞお辛かったことでしょう。ですがそういった記憶は内に留めるより吐き出すことで楽になるというものですわ」
話すまで譲るつもりはないクリスティアにがっくりと項垂れてイズは重い口を開く。
結局のところ高貴なる身分の方に逆らえるはずはないし、オーナーに迷惑をかけることをイズはしたくはない。
「一体、一体なにをお聞きになりたいのですか?」
「まずはイズはどうしてあのお店で働くことになったのかしら?」
「僕は田舎から出て来て色々な仕事を転々としておりまして……本当はここの店のオーナーがあの店で働くはずだったんですけど、直前に事故に遭って足の骨を折りまして……代わりに僕にどうかとお鉢が回ってきたんです」
イズはその提案に一も二もなく頷いた。
正直言うと、あの店のオーナーであったドレッドの人柄はあまり良くなく、給料は然程良いというわけではなかったが正規の採用。
日雇いの労働を続けるよりかはマシだと思ったのだ。
「イズは事件の日、オーナーであるドレッド様からどういった経緯で皆様がお集まりになるとお聞きになりましたの?」
「僕が亡くなったオーナーからお聞きしたのは、親しい友人達だけでレストランの開店祝いをすると。素晴らしい会にしたいからよくよく気を遣うようにと命ぜられました」
珍しくニコニコと機嫌の良さそうなドレッドに従業員は皆、不審がったが……余程仲の良い友人達が来るのだろうとそのときは思った。
今思えばいつもと違う態度に違和感を持つべきだったのかもしれないが、不機嫌で怒鳴り散らされるより何倍も良かったのだ。
「当日はどういった対応をされたのです?」
「どうもこうも……普通に。いらした順番に皆様を個室へとお通しして、お集まりになるまで今暫くお待ち下さいと。皆様本当に感じの良い方々で……席順はオーナーが決めていらしたのでその通りにお座りいただけるようにご案内いたしました」
ウエイターであるイズにも親切にする人達ばかりだったし、時間に遅れることもなくむしろ少し早くに皆が集まった。
そう、まるで気持ちを逸らせているかのように。
「ワインは、オーナーが直接お持ちになりました。良き日だからとあの店では一番最高級のワインだったのでケチなオーナーにしては珍しいと、本当に仲の良いご友人達が来られたのだと思いました。食事は色々な階層の方々が集まるからビュッフェ形式で準備をしろとのご命令で、呼び出しのベルが鳴るまで誰も部屋には入って来なくていいとまで言われておりました」
だからイズは厨房に近く、個室の扉が見える場所で他の仕事をしながらもいつでも呼び出しに応じられるように待機をしていた。
ドレッドの傍若無人っぷりは従業員の間では有名で、言われたことは忠実に守らなければこのクビは呆気なく飛んだ。
ベルの音を聞き逃し、遅れたりでもしたら大目玉を食らうと分かっていたのでイズの意識は常に個室へと向けられていた。
このベルが鳴らなければ入ってはならないという命令は、事件の発覚が遅れた原因でもある。
「ベルが鳴るのを今か今かと待機していたときに部屋の中からなにかが倒れたり割れる音がしました。誰かが酔われて食器を割られたのかと一応一度だけお声をお掛けしたんです。中には入るなと命じられていましたから外からノックをして……すると大丈夫だからとのお返事があったのでそのときまでは皆様、生きておられたと思います」
「中から声が?」
「はい、あと30分後に飲み物の注文を頼むと」
「それは誰の声でしたのでしょう?」
「それは勿論オーナーの……オーナー……あれ?」
虚を衝かれた問いにイズは小首を傾げる。
正確にその声がドレッドの声だったのか今更ながらにイズは考えてみる。
本当にオーナーの声だっただろうか?
いつも怒鳴るように大声で話していたオーナーの声。
だが最後に聞いたあの声は酷く穏やかな、優しげな声だった気がする。
「扉の先で声がくぐもっていましたし正確にオーナーかと言われたら自信はないのですが……オーナーだったと思います」
だが命令を下すのはいつだってあの店の主であるドレッドで、ウエイターの問いに答えるのもいつだってドレッドであったから、やはりあの声はドレッドに違いないのだ。
それにその後の衝撃的な光景に、皆が生きていた時間に聞いたその声が一体どんな声だったかなんてイズの記憶は混乱し、曖昧になっていた。




