第一発見者のウエイター①
その日、イズ・マビナスは緊張していた。
親の反対を押し切り片田舎から憧れてきた王都に上京し、早25年。
うだつが上がらない人生だがそんな中でも結婚し、子供も生まれ、平穏無事に一日一日を過ごすことに幸せを感じてきたそんな慎ましやかな彼の人生に唐突に、なんの前触れもなく、転機……というか人生において二度目の危機が訪れたのだ。
「ほ、本当に。本当に僕をご指名なのですかオーナー?あのランポール家のご令嬢が?ていうかこんな小汚い大衆レストランに来られるなんて……本当に本物なんですか?」
「あぁ、間違いなく。私は一度、あるレセプションでそのお姿を見たことあるが見間違えるはずがない……イズ・マビナス、お前をご指名なのはあの悪名高きクリスティア・ランポール公爵令嬢ご本人だ。というかお前、私の店を小汚いと思っていたのか?まぁ、それはいいが。高貴なる身分の方がわざわざこんな所に足をお運びになるなんて一体なにをしでかしたんだ?」
「なにもしてません!ていうか僕のような者が貴族の方と会ったことなど一度もありませんよ!」
「そうかそうか、そうだとしても、なにがあっても失礼のないようにするんだぞ。もしなにか失礼でもあれば……お前のクビ一つじゃ足りないんだからな。揃って無職になって妻にどやされたくはないだろ?」
悲鳴のような声を上げるイズに、ご令嬢の不興を買えばなけなしの前金を叩いて建てた私の店も終わりだローンも残っているのにと親指を喉元に当てて横へと切るように滑らせるオーナーの脅し。
自分がこのギリギリで運営している店の行く末を握っている……その恐ろしさに、萎縮して曲がっていたイズの背は緊張感でピシッと伸びる。
「そのときは僕の首一つでご容赦をお願いします」
「馬鹿言うな、お前の軽い首に価値なんてねぇよ。さっさと行ってこい」
確かに毛ほどもないかもしれないが、酷い言いようである。
バシリとオーナーに頭を叩かれて燦々と太陽光の降り注ぐ二階のテラス席へと続くガラスの扉をイズは見つめる。
日和の良いこういった日は普段、賑やかな声が店中に響いているのだが……貸切となっている店内は今、しんっと静まり返っている。
とはいえ通りには賑やかな声が響いているのだが。
イズは怯えながら今一度助けを求めるようにオーナーを見るが、オーナーにはどうすることも出来ないので顎をしゃくりさっさと行けとジェスチャーをする。
誰も助けられる状況ではないのだという絶望を抱えながらイズは覚悟が決まらないまま、震える手でノックの音を響かせる。
「どうぞ、お入りになられて」
「し、失礼いたします」
カッチコチに体を強張らせたイズは左右の手足を交互にではなく同時に出し、テラスのガラス扉を開いて中へと入っていく。
もしかすると今日で終わるかもしれない人生。
失礼があればクビというかこの首が物理的に飛ぶかもしれない恐怖。
くび、クビ、首。
呪文のように頭で繰り返される2文字にバクバクと心臓を激しく脈打たせながら眩しい日差しの中、ガーデンパラソルの下で美しい名画のように通りを眺めている少女へとイズは直角に頭を垂れる。
「ほっ、本日はわたくし共のレストランへと足をお運び下さって感激の極みでございまっする!」
「ぶはっ!」
勢いを付けすぎた!
まっするってなんだまっするって!
筋肉隆々のマッチョな男がそういった挨拶をしたのならば、マッチョな挨拶をする店なのかな?と誤魔化せるかもしれないが、イズは長身の細身で筋肉があるようには見えない。
現にマッスルの欠片もないイズの掛け声に若いメイドは吹き出し、肩を震わせて笑っている。
真っ赤に染まるイズの顔。
終わった……高貴なる身分の方の前で早速の失態、人生終わってしまった。
可憐……とは言い難くなってしまったが(今やすっかり肝っ玉母ちゃん)それでも心から愛する妻と、思春期真っただ中で口を聞いてくれなくても可愛い娘を思い浮かべ、さようなら我が愛する者達よお父さんの首は今日どうにかなってしまうと心の中で涙を流していれば、クリスティアもクスクスと肩を震わせ笑っている。
「どうぞ、そのように緊張なさらないでマビナス。本日はあなたにお聞きしたことがあって訪れただけよ」
「い、一体なにをお聞きになりたいのでしょう……」
恥ずかしくて泣きそうな気持ちと、恐怖で怯える気持ちが交じり合って祈るように両手を握るしかない。
イズの両掌は汗でびっしょりと濡れ、口はからっからに乾いている。
「あなたが第一発見者となった死の円卓事件。わたくしは今、とある依頼を受けてこちらの事件を調べているのです」
イズの喉がゴクリとなる。
あの忌まわしき事件。
扉を開いた先に横たわった5人の遺体。
フラッシュバックする当時の恐ろしい光景に、赤く染まっていたイズの顔は一気に血の気が失せて青白くなり、唇をわなわなと震わせる。
「い、今更何故!僕はなにも!事件のことはなにも知りません!」
折角忘れかけていたのにどうして今更!
相手が公爵令嬢であることは一気に頭の中から消え去り、浮かび上がった惨劇の光景を振り払うようにイズは頭を左右に振る。
声を荒げたことで、ご令嬢の侍女が鋭くイズを睨みつけるがそれどころではない。




